ヒビノコト

「アメノイエの住人」雨野紡が日々の暮らしを綴る日記です。
家の中での過ごし方や産地での出会いをこちらでご紹介します。

ヒビノコト

うつわに描かれた物語をひらく
キセツ チャノマ

うつわに描かれた物語をひらく

食器棚の模様替え 関東もいよいよ梅雨入り。 しばらくは雨模様かと思いきや、天気予報を見ると向こう数日は貴重な晴れ間が続くみたいです。窓を大きく開けて風を通しながら、このお天気のいいタイミングで食器棚の模様替えをすることにしました。 冬のあいだ、あたたかみを与えてくれていたぽってりとした土もののうつわを奥へ。 代わりに、涼やかな磁器を手前へと並べ替えていきます。 雨の日が続くこの季節は、洗ったうつわがなかなか乾かず、少し気を遣う時期。その点、白磁のうつわは水切れがよく、布巾でサッと拭けばすぐに乾いてくれます。このじめじめとした季節、白磁はとても心強い味方なのです。  一番手の届きやすい特等席に並べたのは、渓山窯のそば猪口。渓山窯さんのそば猪口は絵柄のバリエーションがものすごく豊富で、その数はなんと100を超えるのだとか。モダンなものから、思わずくすっと笑ってしまうような遊び心のあるものまであるから、つい目移りしてしまいます。そのなかから、少しずつ集めたわが家のお気に入りたち。  ずらりと並んだ柄を眺めながら、さて、今日はどれを使おうか。 その日の気分でうつわを選ぶこの時間も、小さな楽しみのひとつです。   水面を覗き込むような「網目と赤い魚」  模様替えで少し動いたせいか、なんだか冷たいものが食べたくなって。 今日のお昼は、さっぱりとしたざる蕎麦の出番です。 これからの季節の昼食は、ざる蕎麦、そうめん、冷やし中華と、冷たい麺がローテーションで登場します。  選んだそば猪口は、染付の揺らいだ網目に、赤い魚たちが描かれた絵柄。 まるで今にも泳ぎ出しそうな上絵付の魚たちと、ぷかぷかと浮かぶ水草がなんとも愛らしいのです。 網目には「福をすくい取る」という意味があるともいわれ、たくさんの魚が描かれたこの絵柄からは、どこか豊かな実りの景色も感じられます。  冷たいめんつゆを注ぐと、白磁の余白が水面のように広がり、魚たちがその中を泳いでいるかのよう。涼やかな水辺をそっと覗き込んでいる気分になります。 つるりとした口当たりと、目にも涼しい絵柄は、じめじめとした梅雨の時季にもぴったりです。   いつもの甘味が特別になる「七宝柄」 おやつの時間。 冷蔵庫にあったフルーツと寒天を合わせて、簡単なみつまめに。 盛り付けは、円が連なる「七宝(しっぽう)」柄のそば猪口を選びました。七宝柄には、円が四方にどこまでも繋がっていくことから、「円満」や「豊かなご縁」が続くようにという願いが込められているのだとか。 渓山窯さんはもともと宮内省にうつわを納めていた窯元さんだけあって、こうした古典的な柄の美しさは、やはりすばらしいなと惚れ惚れしてしまいます。 そば猪口というと、そばつゆのうつわという印象がありますが、わが家ではこうしてデザートカップとして使うことも。規則正しい幾何学模様と白磁の凛とした雰囲気が品を添えてくれ、いつもの甘味も、どこか晴れやかな気持ちで味わいたくなります。   湯気の向こうに咲く「椿となずな 」 雨の日は、夕方になると少し肌寒さを感じることも。...

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木と陶磁器が並ぶひととき

木と陶磁器が並ぶひととき

あたたかな陽気に包まれて  先週末、夏を思わせる陽気のなか、中西健太さんと佐藤朱理さんによる二人展を開催しました。 初めてお越しくださった方も、いつも足を運んでくださる方も。年齢や性別を問わず、本当にたくさんの方にお越しいただきました。作品を囲みながら、豊かな時間をご一緒できたことを嬉しく思います。   みなさんが作品を手に取り、じっくりと眺めながら過ごされる姿がとても印象に残っています。 「これに焼き菓子をのせたらかわいいな」「朝食に使いたい」 そんな声があちらこちらから聞こえてきました。 うつわや木工を前に、それぞれの暮らしのひとときを思い描く。誰かの言葉に耳を傾けたり、自分ならどう使おうかと想像を巡らせたり。 好きなものをきっかけに、自然と会話が生まれていく時間は、この二人展ならではだったように思います。 あの日眺めていた作品たちは、今ごろそれぞれの食卓や暮らしのなかで、新しい時間を重ねているのでしょうか。週が明けた今も、そのことを思い返しながら、あたたかな余韻に包まれています。   木と白磁の響き合い 今回の二人展で、ひときわ目を引いていたのが、中西健太さんの木工と佐藤朱理さんの白磁練り込みが並ぶ佇まいでした。  佐藤さんにとって今回初めての試みとなる白磁練り込み。土を幾重にも重ねて生まれる模様は、一点一点異なる表情を見せてくれます。やわらかな白のなかに浮かぶ繊細な模様は、どこか木目を思わせるようでもあり、中西さんの木工と並ぶと不思議なほど自然に馴染みます。 「窯から出てくるまで、どんな模様になるか私にも分からないんです」 そう佐藤さんが話してくださったように、同じものはひとつとしてない一期一会のうつわです。   白磁の片口と茶杯を中西さんのお盆にあしらうと、空間がすっと整い、静かなお茶の時間が思い浮かびます。 白磁のプレートには木のカトラリーを添えて。 木が育んだ木目と、土から生まれた模様。それぞれの表情が響き合うことで生まれる眺めは、この二人展を象徴する一コマだったように思います。   手に馴染むものたち  こちらは、佐藤さんのマグとカップ。 描かれた模様は、その時々に佐藤さんが手の動くままに表現されたものです。自由な線と、水墨画を思わせるやわらかなにじみ。同じものはひとつとしてなく、それぞれに異なる表情があります。佐藤さんが独自に調合した楽釉薬の白をじっと見つめていると、冬の窓ガラスに張った氷や雪景色が浮かんでくるようで、どこか静けさをまとっています。   そこに寄り添うのは、中西さんの木工作品たち。 立山連峰を望む富山の地で制作される中西さんの作品は、木そのものが持つ美しさを活かしながら、暮らしのなかで心地よく使えることを大切にされています。 もともとは登山用のうつわづくりをきっかけに生まれたもの。そのため驚くほど軽く、手に取ると自然と馴染みます。   佐藤さんのマグにコーヒーを淹れ、中西さんのトレイに焼き菓子を添える。 そんなご自宅でのひとときを思い描きながら作品を選ぶ方も多くいらっしゃいました。...

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涼を呼ぶガラスのうつわたち
キセツ チャノマ

涼を呼ぶガラスのうつわたち

初夏の光をガラスとともに  5月も終わりに近づき、日ごとに夏めいてきました。陽射しが強くなるこの季節、手に取りたくなるのがガラスのうつわたちです。 光を受けてきらりと揺れる姿や、冷たい飲み物を注いだときの涼やかな表情。ガラスのうつわには、暑さを心地よさへと変えてくれるような魅力があります。 最近は、食卓を見渡すとガラスのものが増えてきたように思います。わが家にも、一足早く夏が訪れているようです。   朝の光が似合う小さなボウル   ヨーグルトにグラノーラをかけたり、サラダをさっと盛り付けたり。 そんなごく簡単なメニューでも、木村硝子店さんの「サンサボウル」に盛るだけで、いつもの食卓の空気がすっと涼やかに整うのです。 落ち着いたスモークグレーのうつわを朝の光にかざしてみると、ガラスの中に浮かぶ無数の小さな気泡が光を宿して、きらきらと瞬きます。 澄み切った透明なガラスとは少し違う、やわらかな風合い。そんな独特の質感と、この丸みのあるぽってりとした形のおかげでしょうか。ガラスなのにどこか温かみがあって、かしこまらずに普段使いできるところが気に入っています。   夕暮れのワインと「キソ」 18時を過ぎても外はまだ明るい。 こんな明るいうちに飲む、冷えたワインは格別です。 一日の長さは同じはずなのに、なんだかいつもより長く満喫できているような感覚になるのは私だけでしょうか。 そんな穏やかな夕暮れ時に寄り添ってくれるのが、木村硝子店さんの「キソ」。 本格的なハンドメイドのワイングラスでありながら、気取りすぎていないところがお気に入りです。 ステムが長すぎず安定感があるので、気負わずに使えるのが嬉しいところ。 それでいて、極限まで薄く作られたガラスは華奢で凛としていて、夕方の光に透ける姿まで美しい。  張りきって料理をした日だけでなく、簡単な夕飯のときも、このグラスがあるだけで十分満たされた気分になれるのです。 極薄の口当たりはとても心地よく、贅沢な余韻を残してくれます。   光を通して表情を変える「tatesuji」 菊地大護さんの「tatesuji」は、うつわとしてはもちろん、オブジェのような佇まいもまた素敵です。細い縦筋に沿って光が揺れて、テーブルの上に美しい影を落とします。 このうつわをわが家に迎えたのは、まだ空気の冷たい冬のころでした。冬の澄んだ光の中では、静かで凛とした印象があったのですが、初夏になった今見ると、また少し違って見えます。強くなった陽射しを受けて、ガラスがきらきらと光を通している姿。同じうつわなのに、季節によってこんなにも表情が変わるんだな、と最近また手に取ることが増えたように思います。   以前、菊地さんの工房で制作の様子を見せていただいたときのこと。 オレンジ色に熔けた熱いガラスが、型の中で息を吹き込まれることで、あの美しい縦筋の模様が写し取られていく。その光景は、今も心に焼き付いています。 菊地さんの息遣いや工房の熱気を肌で知ってから、このうつわがより愛おしく思えるようになりました。 涼しげなガラスの奥に、どこかじんわりとした温度を感じる理由は、きっとあの場所の空気を知っているからなのだと思います。 ...

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日ノ出ガラスポットが生まれる場所
ツナガリ 旅日記

日ノ出ガラスポットが生まれる場所

九十九里の風が届く工房へ   わが家の食卓で、いつもお茶の時間をあたたかく灯してくれる、日ノ出ガラスポット。暮らしにそっと寄り添い、慌ただしい日も、少し気持ちが揺らぐ日も、このまあるい透明な佇まいを眺めているだけで、不思議と心が凪いでいきます。 このポットは、一体どんな場所で、どのように生まれているのだろう。そんな好奇心に背中を押されて、私は千葉県東金市にある日ノ出化学製作所の工房を訪ねました。 少し前まで東京に工房を構えられていた瀧澤さん。千葉へ移転されてから、伺うのは今回が初めてです。約二年ぶりとなる再会でしたが、以前と変わらず温かく迎えてくださり、緊張していた気持ちがすっとほどけていきました。   一歩足を踏み入れた工房には、たくさんの道具が立ち並んでいます。 「あの美しいガラスポットは、ここから生まれているんだ」 そう思うと、胸の奥が温かくなります。   年季の入った道具と、炎の記憶  今ではほぼガラスポットのみを制作されている瀧澤さんですが、かつては本当にさまざまなものを手がけていたそうです。 理化学用の試験管。美容エステで使われるガラス管。キャラクターもの。さらには、結婚式の演出用ガラスまで。 実際に当時の作品を見せていただきながらお話を伺うと、その細かな手仕事はまるで飴細工のように繊細で、その美しさに思わず見入ってしまいました。 「昔はいろいろ作ってたんだよ」 そう話す横顔には、どこか懐かしさと、長年ものづくりに向き合ってきた誇りが滲んでいます。    熱く語るその背後にどっしりと佇んでいるのは、50年近く使い続けているという大きな電気炉。 もともとはガス炉だったものを、時代に合わせて電気炉へと変えながら、大切に使い続けてきたのだそうです。   瀧澤さんと長い年月を共にしてきたものは、それだけではありません。 作業台に無造作に並ぶ、焦げ跡のついたコテや煤(すす)で黒ずんだハサミやピンセット。 まるで職人の手の延長のような、それらの佇まいを眺めていると、効率や新しさだけでは測れない、ものづくりの時間がゆっくりと流れているようでした。   火とガラスが形になる瞬間 ひとしきりお話をしたあと、瀧澤さんがすっとガラス管を手に取り、バーナーに火を灯しました。 「ゴーッ」という力強い音が工房いっぱいに響き、先ほどまでの穏やかな空気が一変します。 真剣な眼差しでガラスと向き合う瀧澤さんの横顔に、こちらも自然と背筋が伸びるようでした。    酸素の量を巧みに操りながら、炎は細長く鋭く伸びたり、ふわっと大きく広がったりと、自在に表情を変えていきます。  絶えずガラス管を回し、炎の当て方や息の入れ方を細かく変えながら、硬かったガラスをなめらかに成形していく。その迷いのない手つきに、ただただ惹きつけられます。  はじめは何が生まれるのかわからなかったガラスは、みるみるうちにふっくらと膨らみ、どこか見覚えのある姿に。...

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わが家のタオル使い分け
オフロ

わが家のタオル使い分け

暑さを感じ始める季節に  まだ5月半ばだというのに。少し前まで「ポカポカとした気候が気持ちいいね」なんて言っていたのもつかの間、はやくも真夏日を記録する日が出てきました。 予報を見ると、今週末からは30度を超える日も並び、 慌てて衣替えをしたところです。  体がまだ暑さに慣れていないこの時期。外から帰って冷たい水で顔を洗ったり、さっとシャワーを浴びたりと、自然とタオルの出番も増えていきます。  毎日何気なく使っているタオルですが、一日に何度も手に取るようになると、その使い心地が思っている以上に暮らしの快適さを左右していることに気づきました。 糸の密度や織り方の違いで、肌に触れたときの感触はもちろん、乾きやすさなど実用的な面も驚くほど変わります。そんな理由で、今は質感の異なる二つのタオルを、その日の気分や季節に合わせて使い分けるようになりました。 わが家の棚に並ぶ、性格の違う二つのタオル。今の私にちょうどいいのは、どちらだろう。    毎日の定番「FUJITAKA TOWEL 」 わが家で長く愛用しているのが、FUJITAKA TOWEL。これを迎えたのは、この家へ引っ越してきた頃でした。 「毎日使うものこそ、ちゃんと納得したものを選びたい」 そう思いながら、じっくり吟味したことを今でもよく覚えています。 使い始めて、気づけばこの夏で丸2年。以前使っていたタオルは、1年ほどするとヘタリが気になって買い替えることも多かったのですが、FUJITAKA TOWELのふっくらとしたボリューム感は、今も変わらず健在です。   パイルがびっしりと詰まった肉厚な質感は、使うたびに少し贅沢な気持ちにさせてくれます。 顔をうずめた瞬間のやわらかさは、ほっと肩の力を抜いてくれるような安心感があるほど。   もちろん吸水力も抜群です。ロングヘアーの私にとって、お風呂上がりのドライヤー時間はどうしても長くなりがちですが、このタオルは頭にしばらく巻いておくだけで、水分をぐんぐん吸い取ってくれて、タオルを外したときの髪の軽やかさにいつも感動してしまいます。おかげでドライヤーの時間も自然と短くなり、暑い季節には特にそのありがたさを実感しています。 毎日のことだからこそ、こうした小さな快適さが、暮らしを少し整えてくれるのだと思います。   仲間入りした「kontexのワッフルタオル」   この春、新しく迎えたのが、kontexのワッフルタオル。最初はハンドタオルとフェイスタオルから使い始めたのですが、その使い勝手のよさにすっかり惹かれ、最近ではバスタオルも仲間入りしました。 厚みは、FUJITAKA TOWELの半分ほどでしょうか。びっしりと詰まったパイルとはまた違う、ぽこぽことしたワッフル生地。 肌に触れた瞬間、この凹凸が水分をすっと吸い上げてくれて、拭き終えたあともさらりと軽やかな使い心地です。汗ばむこれからの季節には、このさらっとした感触がなんとも心地よく感じられます。...

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家具とともに、時間を育てる
イマ

家具とともに、時間を育てる

初夏の風と窓辺の青葉 窓を開けると、少し湿り気を含んだやわらかな風が、部屋の奥までゆっくりと流れていきます。 わが家の窓の外も、ここ数日で春の色から一変しました。ついこの間まで淡いピンクを纏っていた枝垂桜は、いつの間にか鮮やかな青葉へ。隣で揺れるもみじが光を透かす様子を眺めていると、今年の連休は、どこか遠くへ出かけるよりも、この家で流れる時間をゆっくり味わいたい。そんな気持ちになりました。  あえて予定を詰め込まず、移ろいゆく景色を楽しみながら、お気に入りの椅子に座ってコーヒーを淹れる。そんな穏やかな数日間をともに過ごしながら、あらためてその魅力を感じた家具たちのことを、少しだけ綴ってみようと思います。    私の暮らしにちょうどいい一脚 リビングの窓際で静かに私を待っていてくれるのは、スウェーデンのDUX(デュクス)社で作られた、ブルーノ・マットソンのイージーチェア。 この椅子のいちばんの魅力は、腰を下ろした瞬間にふっと身体が軽くなるような、独特の「しなり」です。身体のラインに沿うやわらかなカーブが、日中の緊張感を優しく解きほぐしてくれます。 わが家へ迎えるにあたって、今の部屋の空気に馴染むよう、布地を落ち着いたグレーへ張り替えてもらいました。ふっくらとしたボタン留めのクッション、そして指先でなぞると吸い付くような、なめらかな曲線を描く木のアーム。 どこをとっても美しく、この椅子を迎えて本当によかったと、座るたびに実感しています。  朝、コーヒーを飲みながらぼんやり外を眺めたり。夕方、西日が差し込むなかで本を読んだり。夜、間接照明だけをつけてゆっくり過ごしたり。 気づけば、一日のなかで何度もこの椅子へと戻ってきています。  座り心地にはしっかりとした安心感があるのに、見た目ほど重たくなくて、私でも気軽に動かせるところも気に入っています。 少し肌寒い日は日向へ向けたり、パートナーとゆったり話す時には内側へ角度を変えてみたり。その時々の気ままな過ごし方に、この椅子はいつも、やわらかく寄り添ってくれています。   暮らしに添える小さなスツール  ソファの傍らには、スツールを。 特に気に入っているふたつをその時の気分に合わせて置き分けています。 ひとつは、フランスで作られた三本脚のスツール。 厚みのある天板は、どこか有機的な四角さをしています。 他ではあまり見かけない、少し不思議なバランスのかたち。初めて見た瞬間、その佇まいに惹かれて、一目惚れした小家具のひとつです。天板を覗き込むと見える、脚を固定する「クサビ」の跡は、なんだか可愛らしい。その無骨さと、丸みのあるフォルムのバランスが心地よく、眺めているだけで心が和みます。淹れたてのコーヒーと読みかけの本を預けておくのに、ちょうどいいスペースです。   もうひとつは、おそらくトーネット社製と思われるシンプルな一脚。 ブランドタグは欠損していますが、独特な曲木の脚が見せる凛とした表情は、きっとそうに違いないと思わせる魅力があります。曲木を用いた脚が描く、しなやかさと緊張感を秘めたカーブ。そこへそっと指を滑らせるたび、木という素材が持つ力強さとやわらかさが伝わってくるようです。  サイドテーブルとしてだけでなく、玄関で靴を履く際の腰掛けや荷物置きとして使ったり、来客時にはダイニングテーブルに運んで椅子として使ったり、植物を置いたり。蜜蝋ワックスを施してもらったことでしっとりとした重厚感が増し、どこに置いても自然と空間に馴染んでくれます。   黒がつくる静かな景色 リビングの空気を静かに引き締めてくれているのが、黒い水屋箪笥。もともとは木本来の色だったものを、この家に迎えるときに黒く塗り替えていただきました。 ゆらゆらと揺れる古いガラスが美しく、光が差し込むたび、中に並ぶお気に入りのうつわや本たちが、水面越しに見ているようにやわらかく揺らめくのです。 ソファの正面がこの子の定位置。くつろぎの時間にふと目を向けると、そこには私だけの「宝箱」が静かに佇んでいます。...

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あり合わせでごちそうを
ダイドコロ チャノマ

あり合わせでごちそうを

冷蔵庫と相談 休日の午前中。 残っていた仕事を家で片付けてパソコンを閉じると、時刻はもうお昼を回ろうとしています。 ここ最近の慌ただしさからふっと解放されて、今日はどこへも出かけず、このまま家でゆっくりと過ごしたい気分。家にあるもので何か美味しいものは作れないかと、冷蔵庫と相談です。  そろそろ使ってしまいたい玉ねぎや人参、それに使いかけの鶏肉が残っていました。戸棚の奥で目が合ったのは、いつか買ったトマト缶。  「よし、野菜たっぷりのトマトカレーを作ろう」  からだが求めているのは、こういう栄養満点の一皿かもしれません。 そうと決めたら、無水鍋を取り出します。  私が愛用しているのは、HALムスイの20cm。二人暮らしにちょうどいいサイズです。 我が家に迎えて1年が経ちましたが、「炊く・蒸す・煮る・茹でる・焼く・炒める・揚げる・天火」なんでもこなす万能選手で、すっかり頼れる相棒になりました。   野菜の栄養を閉じ込める この鍋の良さは、やっぱりその名の通り「無水調理」ができること。 厚みのあるアルミ鋳物が熱をしっかりと閉じ込め、強火で煮立てずとも、やさしい熱で食材全体を均一に煮ることができ、素材を壊さず、本来の栄養を引き出せるのです。 まずは中火弱でじっくり予熱を。 食材をくっつきにくくするための、大切なひと手間です。 指先につけた水滴を落とし、丸い水玉になって転がるのを確認したら、準備万端のサイン。 オリーブオイルににんにくを入れて香りを立たせ、あり合わせの鶏肉と野菜を炒めたら、そこへトマト缶を余さず入れます。水は一滴も足しません。 材料をすべて入れたら、ずっしりとした蓋を閉めます。 隙間なく吸い付くように合わさる感覚に、職人技の精緻さを感じる瞬間です。 この「蒸気密封」こそが、栄養素を逃さないための鍵。 水に溶け出しやすいビタミンやミネラルを外に逃がさず、素材同士の旨みとともに鍋の中で調和していきます。  蓋が小さな音を立て始めたら沸騰の合図。あとは火を弱めて、30分ほど鍋におまかせです。   炊き置きごはんと、私の習慣  カレーを煮込んでいる間に、ご飯の準備に取り掛かります。 実は白米も、昨日この無水鍋で炊いたもの。数日分をまとめて炊いてストックしておくのが、我が家のリズムです。 もともとお米を炊くために開発されたというだけあって、その実力は折り紙付き。浸水させてから火にかけて10分、そのまま10分蒸らすだけで、あっという間にふっくらと炊きあがります。 土鍋ご飯も好きなのですが、仕事の日など日常使いには、この無水鍋が活躍することが多いです。  ...

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「植物で洗う」という心地よさ
オフロ ナカマイリ

「植物で洗う」という心地よさ

春の光と、肌のゆらぎ 春は、光や風がやわらかくて、一番好きな季節。 窓を開けて新しい空気を吸い込むだけで、気持ちまでふっと軽くなるのを感じます。 けれどその一方で、私の肌は少しゆらぎ気味。 ふと頬に触れるといつもよりカサついていたり、昨日まで普通に使っていた洗顔料がピリついたり。  「肌が疲れているんだな」 そんな体からのサインを受け止めて、日々のスキンケアを一度見直してみることにしました。   食べるものを選ぶように いろいろと探しているなかで出会ったのが、「石鹸屋りーふ」さんの和漢植物石鹸。「食べるものを選ぶように、石鹸も選びたい」という想いから始まった、実直なものづくりに心惹かれました。 その想いの根底にあるのは、鈴木さんご自身が経験した、ある切実な日々。 当たり前に使っていた市販品が、ある時期を境に突然、からだに合わなくなってしまい、手のひらが真っ赤に腫れたり、お風呂上がりなのに痒みが引かなかったり…。そんななかで、「自分のからだが安心できるものを」と自ら石鹸を手作りしてみたことが、きっかけだったそうです。 実は私も同じような経験があります。 気づかないうちに体調によって、添加物にからだが反応してしまうのでしょうか。そんな鈴木さんがかつて感じた違和感に、自分を強く重ねてしまいました。 毎日直接肌に触れるものだからこそ、その時々のからだの声を聞きながら、食べ物と同じ感覚で選びたい。そんな当たり前でいて何より大切な原点に、私を立ち返らせてくれた気がします。   時間をかけて引き出す、植物の力  りーふさんの石鹸は、熱を加えない「コールドプロセス製法」で作られています。あえて熱を加えず、一ヶ月以上もの時間をかけてじっくりと熟成させることで、天然油や和漢植物が持つ保湿成分を壊さず、そのまま閉じ込めることができるのだとか。 防腐剤や合成香料といった余計なものは一切使わず、品質や安全性にどこまでも真面目に向き合う。そんなご自身の経験に裏打ちされた真っ直ぐな姿勢があるからこそ、揺らぎがちな敏感肌も、赤ちゃんの柔らかな肌も、安心して託すことができるのだと感じています。   「植物で洗うと、ずっと、いい。」 このキャッチコピーも、スッと心に入ってきました。 もともとアロマやハーブティーが好きで、植物の力を信じている私にとって、これはもう暮らしに取り入れない手はありません。   大人の肌に、濃紫 まず手に取ったのは、「濃紫(むらさき)」。紫草の根である「紫根(シコン)」の力を宿した、高貴で深い色合いの石鹸です。肌の生まれ変わりを健やかに整えてくれるという紫根は、大人の肌のエイジングケアにも心強い味方。 「エキゾチックな香り」って、一体どんな感じだろう。 期待を込めて泡立てると、立ち上ってきたのは、どこか懐かしくも凛とした匂い。 ベルガモットのすっきりとした爽やかさの奥に、フランキンセンスの静けさや、パチョリの深い土の気配がそっと重なっている。 アロマ好きにはたまらない、思わず深呼吸したくなるような奥深さです。...

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つい手に取ってしまう、小皿のはなし。
チャノマ

つい手に取ってしまう、小皿のはなし。

つい集めてしまう理由 食器棚を開けると、いつの間にか増えている小皿たち。窯元さんに制作いただいたものや、旅先で出会ったもの。重なり合ううつわを眺めていると、それぞれを迎え入れた日のことを思い出します。 そんな私の「小皿好き」の根っこには、実家の食卓の記憶があるのかもしれません。 子どもの頃、実家の食器棚には家族の人数分揃った取り皿がいくつも並んでいました。夕飯の時間になると、母がそれらを取り出して、おかずを一つひとつ丁寧によそってくれる。うつわ好きだった母が選ぶ一枚一枚で、食卓の景色が少しずつ変わっていくのを眺めるのが、子ども心に楽しみでした。 そんな記憶が染み付いているからか、私自身もすっかりうつわが好きで、特に小皿にはつい手が伸びてしまいます。 大きな皿は、収納場所や使い道を考えてつい慎重になりますが、小さな皿なら「いいな」と思えるものに出会うたびに、つい気軽に迎え入れてしまいます。重ねてしまえば場所も取らず、副菜からお菓子まで何にでも合う。 そんな自由さが、つい集めてしまう理由なのだと思います。   食卓にリズムを、もてなしの小皿 ワンプレートで手軽に済ませる日もありますが、いくつかの小皿が並ぶ食卓は、それだけで視覚的なリズムが生まれて、景色が華やぎます。 友人たちを招くことがよくありますが、大皿の料理をそれぞれが自分の小皿へ移し、お喋りしながら自分のペースで味わう時間は、もてなす側の私にとっても気負いがなくて心地いいものです。 5寸前後のサイズは、取り皿としても副菜用としても一番使い勝手がよく、いくつあっても困りません。お気に入りが少しずつ増えるたびに、次のおもてなしではどんな組み合わせで並べようかと、そんなささやかな計画を立てるのも、私の密かな楽しみになっています。    おやつの時間を心地よく 私が日常でよく手に取るのが、「fog プレート 15cm WHITE」です。 ほんのりとグレーを帯びた、霧がかったようなやわらかな白。シンプルでありながら食卓に静かな落ち着きを添えてくれます。 艶やかなブルーベリータルトをのせてみると、うつわの白が果実の深い色を引き立てて、それだけで自然とテーブルの上が整った印象になります。 一人の時間に、淹れたての珈琲と一緒に自分だけのために使うのにも、ちょうどいい一枚です。   磁器で愉しむ、多彩な表情 磁器の小皿は、なめらかな質感と端正なフォルムが、のせたものを品よく見せてくれます。 柏餅をのせてお茶を淹れる午後。涼やかな白磁が柏葉の緑を引き立て、慌ただしい日常のなかに静かな時間が流れるのを感じます。   夜になれば、そのまま晩ごはんの食卓へ。菊割や四稜など、形の異なる小皿を並べるのも楽しみのひとつです。和え物やお刺身はもちろん、洋の食材を合わせてもすんなり馴染むのは、磁器ならではの懐の深さ。  汚れが落ちやすく扱いやすい頼もしさもあり、気負わず毎日のように手に取っています。   シーンを問わず使えるうつわ...

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花好きな母へ贈りたいもの
オクリモノ

花好きな母へ贈りたいもの

花に触れる母を想って 今年の母の日は5月10日。カレンダーを眺めながら、そろそろ母の日の贈り物を考え始めます。 「いつもありがとう」のひと言は、いざ目の前にするとなんだか照れくさくて、うまく言えないもので。だからせめて、年に一度のこの日には、想いを贈り物に託したいなと思うのです。 母は花がとても好きで、庭先のプランターに季節の花を植えたり、習い事の生け花を飾ったり。 思い返せば、実家にはいつも当たり前のように植物の姿がありました。 花を慈しむ母の背中を見て育ったからか、私の暮らしのなかにも自然と花や緑がある。 今年は、そんな花好きな母の顔を思い浮かべながら、日々の風景に寄り添う花器を贈ろうかなと考えています。   挿すだけで美しく整う「3RD CERAMICS」 3RD CERAMICSの花器は、私の暮らしにも欠かせない道具のひとつ。  全サイズを愛用していますが、どれも本当に使いやすくて、サイズ選びが難しいところです。枝ものも好きな母には、お花はもちろん、小ぶりな枝ものもしっかりと受け止めてくれるMサイズがいいかなと思っています。 この花器の何よりの魅力は、キュッと絞られた細い口元。 花や枝が散らばらず、挿すだけでスッといい感じの位置に収まってくれるのです。 手触りも心地よく、土の細かな粒子を感じる、焼き締めならではの質感。端正な佇まいは、季節や場所を選ばず、いつも凛とした存在感です。   光の移ろいを愉しむ「菊地大護さんの花器」 次に候補に浮かんだのは、菊地大護さんのガラスベース。 ほんのりと色づいた淡いピンク色のガラスと、ぷっくりとしたフォルムが印象的。 ただそこにあるだけで、周りの空気がふわりと柔らかくなります。 ガラス越しに透ける涼やかな水と、そこへすっと伸びる茎のラインまで美しくて。生けた植物たちもどこか心地よさそうで、のびのびと深呼吸しているように見えてきます。 朝の澄んだ光、夕方の傾いた日差し。 差し込む光の角度によって、透き通るガラスの表情や落ちる影も少しずつ変化していく。 花そのものだけでなく、時間ごとに移り変わる景色ごと楽しめるのも、この花器の大きな魅力です。   標本のように彩る「新見和也さんの花器」 最後は、新見さんの花器。 柔らかな曲線と、モダンな直線。その絶妙なバランスに、思わず目が留まります。 建築や日々の何気ないモノからインスピレーションを得ているという新見さんの作品は、多彩なカタチで私たちを楽しませてくれます。...

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香りがつくる、目に見えない心地よさ
イマ

香りがつくる、目に見えない心地よさ

空間の印象をつくるもの 部屋の空気を少し変えたくなったとき、新しい花器を置いてみたり、お気に入りの作家さんのうつわを並べてみたり。つい「目に見えるもの」に手を伸ばしたくなります。けれど、香りもまた、空間の印象を静かにかたちづくっているように思います。 例えば、朝一番に窓を開けて空気を入れ替えたあと、仕上げにシュッとひと吹きするフレグランス。あるいは、仕事から戻ってきて、オンからオフへと気持ちを切り替えたいときに選ぶ香り。 それは、お気に入りの服を着るのと同じように、その時の自分の心に寄り添う「空気」を纏うような感覚です。家具や雑貨のように形があるわけではないけれど、香りは一番身近で、一番軽やかな「暮らしの道具」なのかもしれません。   暮らしの中で、自然と手に取る香り そんな私の暮らしに、いつの間にか馴染んでいるのが「kibn」のフレグランススプレー。 気づけばもう2年ほど、ずっと使い続けています。  なくなるたびに別の香りも気になりながら、結局またお迎えしてしまう。いつの間にか、私にとってあって当たり前な存在になっていました。 朝、空気を入れ替えたあとに手に取るのは、決まって「Dsus4」。 ヒノキやパロサントの静かな樹木の香りに、ライムやペパーミントの清涼感が重なります。 どこか凛とした、背筋が真っ直ぐに伸びるような心地よい香りで、 仕事の合間や静かに自分と向き合いたいときにも寄り添ってくれます。 少し気分を上向きに、華やかにしたいときは、「G♭maj9」を。 ベルガモットの爽やかな入り口から、ヒバやパチョリ、ベニバナなど、次第に複雑で奥行きのある香りが広がります。 落ち着きの中に、やわらかな高揚感を感じさせてくれるから、少しだけ背中を押してほしいときに。 その日の気分に問いかけながら、どちらにするか選ぶひとときも、ささやかな楽しみになっています。   物語を運んでくる香り 昨年の秋、Lunefの調香師の安藤さんにアメノイエのオリジナルの香りを作っていただき、それをきっかけに、Lunefの香りもいくつか手元に迎え、選ぶ楽しみが増えました。 ヒビノコト Vol.53 Lunef × アメノイエ -オリジナルフレグランス-   雨に濡れた森の中、月の光が落とす影をイメージしたという「Lunef」。 ジャスミンやネロリが、ベチバーやセダーの深い樹木の中に静かに溶け込んでいて、夜の静寂によく合います。 「Jardin」は、光をたっぷり浴びた緑と、花々を束ねたブリキのバケツを思わせる、みずみずしい香り。...

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しつらえのヒントは、日々のなかに
イマ

しつらえのヒントは、日々のなかに

つい、迎え入れてしまうもの 街を歩いているとき、ふと視線が止まることがあります。それは決して大きなものではなく、静かに佇む小さな家具。 日々のなかにも、あちらこちらにインテリアのヒントが散りばめられています。なかでも心が引き寄せられるのは、ご飯屋さんのしつらえです。 限られた空間のなかに、店主のこだわりが丁寧に詰め込まれていて、小さな家具の使い方にも、さりげない工夫が感じられます。 店内の隅々まで視線を巡らせる時間は、わたしにとって、この上ない楽しみのひとつです。 どこかで見かけた一脚の椅子が、ふと記憶に残り続けることがあります。人の手に選ばれ、使われてきた痕跡が、そのまま景色の一部になっているからかもしれません。 とりわけ、椅子やスツールには、どこか抗えない引力があるようで、気づけばまた一つ、家に迎え入れてしまいます。大きな家具は簡単には買い替えられないけれど、小さな家具は暮らしのすきまにすっと入り込み、空間の空気をやわらかく変えてくれる存在です。   用途を決めすぎないということ 椅子は、座るためのもの。そう言い切ってしまうには、少し惜しい存在です。 ヨーロッパの古い暮らしの中では、椅子は“可動する家具”として、部屋から部屋へと持ち運ばれ、その時々の用途に応じて使われてきたといいます。固定されないからこそ、空間にささやかな変化をもたらす存在だったのでしょう。 玄関に置いたスツールに腰をかけて靴を履く朝。帰宅して、バッグをそっと預ける場所としての一脚。窓辺では、光を受け止める台のように、季節の花の美しさを引き出します。 ときにはサイドテーブルのようにもなり、その時々の暮らしに寄り添いながら、自然と役割を変えていきます。 決めすぎないこと。余白を残すこと。その曖昧さこそが、小さな家具の魅力のように思います。   水屋箪笥という軸 家の中で、自然と視線が戻る場所があります。それが、わたしにとっての水屋箪笥です。 水屋箪笥はもともと、食器や調理道具を収めるための収納家具として、日本の暮らしの中で使われてきました。地域によって素材やつくりが異なり、その土地の気候や文化が反映されているのも興味深いところです。 木そのものの色味を活かした佇まいだったものを、「Wormhole Furniture」の牛丸さんに黒く塗装していただきました。 モルタルの空間に黒の家具が加わることで、空気がすっと引き締まり、空間に輪郭が生まれます。 うつわは気づけば少しずつ増えていき、かたちも素材もさまざま。だからこそ、それらを分け隔てなく受け止めてくれる、ギャラリーのような棚が欲しかったのです。 この水屋箪笥に出会えたとき、探していたものにようやく触れられたような、確かな喜びがありました。なかなか巡り合えないサイズと佇まいに、どこか縁のようなものを感じたのを覚えています。   出会うまで待つという選択 神楽坂に越してくる前は、とりあえずの家具で暮らしていた時期もありました。けれど今は、「出会うまで待つ」という選び方に変わっています。 編集の仕事をしていると、「選ぶ」という行為の積み重ねで一冊ができていくことを実感します。何を残して、何を手放すのか。その基準は、ほんのわずかな違和感や確信だったりします。 すぐに手に入る安心よりも、時間をかけて見つける納得を。限られた空間だからこそ、長く寄り添えるものだけを選んでいきたいと思うようになりました。 少しずつ揃っていく家具たちは、暮らしの景色を整えると同時に、自分自身の感覚も整えてくれるように感じています。  ...

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