ヒビノコト

「アメノイエの住人」雨野紡が日々の暮らしを綴る日記です。
家の中での過ごし方や産地での出会いをこちらでご紹介します。

ヒビノコト

水の流れを思わせる曲線美
ナカマイリ

水の流れを思わせる曲線美

はじまりは、ひとつのガラス  まるで水が流れる、その瞬間を閉じ込めたかのよう。 やわらかな曲線や溶け合う色彩は、今にも流れ出しそうな躍動感を宿しながら、不思議と凛とした静けさも感じさせます。 光を受けるたびに表情を変え、ふと視線を向けるたび、その美しさに思わず手を止め、見入ってしまう存在です。 出会いは約三年前。ふらりと立ち寄ったインテリアショップで見つけた、無骨でいてどこかやわらかなガラスの塊。その佇まいに心を奪われ、直感のままわが家へ迎えました。 本当の美しさに気づいたのは、自宅の窓辺で強い西日をたっぷりと受けたとき。光をまとったガラスは息をのむほど美しく、その瞬間からLANさんのガラスの虜になったことを今でもはっきりと覚えています。   その後、ご縁があってLANさんご本人とお会いする機会に恵まれました。お話ししてみると、お互い自然が大好きだということが分かり、すっかり意気投合。今では一緒に山へ出かける間柄になりました。 先日も、新緑が美しい八ヶ岳へ。ゆっくりと山道を歩きながら、ガラスづくりのことや作品に込める思い、これまで歩んできた道のりなど、いろいろなお話を聞かせていただきました。   歩幅を合わせながら聞いた、はじまりのこと   LANさんがガラスの制作を始められてから、今年で約7年。 最初は前職のかたわら、バーナーを使って小さなアクセサリーを作るところからスタートし、その後吹きガラス(ブローワーク)を教わったことで、お香立てや一輪挿しといった、暮らしの中で使われる道具へと表現が広がっていったといいます。   「前職で培った色づくりや色の組み合わせの感覚は、現在の作品づくりにも活かされていると感じています」 そう語るLANさんの作品は、スモークグレーやダークブラウンなどが静かに混ざり合う、とてもシックで奥深い色合いが魅力です。 色彩がゆったりと溶け合い、たゆたうようなグラデーション。透き通るガラスの中に閉じ込められた小さな気泡すらも、光を受けて小さな粒のように輝いていて、眺めるたびに新しい表情に気づかされます。   偶然の揺らぎをそのまま愛おしむ  熱く溶けたガラスは、温度や時間、ほんの少しの手の力加減によって仕上がりが大きく変わる、とても繊細な素材です。 制作を始めた頃は、自分が思い描いた形を正確に表現することを意識していたというLANさん。けれど、日々ガラスと向き合うなかで、その姿勢は少しずつ変わっていったのだそうです。 「思い通りにならないことも多いですが、その難しさがあるからこそ新しい発見や学びがあり、制作を続ける面白さにつながっています。」 今では、ガラスが自然につくり出す揺らぎや、その時々に生まれる偶然の表情も、一つの個性として大切にしながら制作されているそうです。だからこそ、LANさんの作品には、どこか自然の流れをそのまま映したような、飾りすぎない美しさが宿っているのかもしれません。   アートのような佇まいと、日常の機能  「ご覧になる方それぞれが、自由に何かを感じたり、風景や記憶を重ね合わせたりしながら楽しんでいただけたら。」 作品をつくるうえで大切にされているのは、アートとしての表現と、暮らしの中で使う道具としての心地よさ。そのどちらかではなく、両方が自然に寄り添うことなのだそうです。 山道をゆっくり歩きながら、ものづくりのお話を聞き、その考え方に触れるほど、私はますますLANさんのガラスに惹かれていきました。 また新しい作品を迎えたいとお伝えすると、「もちろんです。」と笑顔で応えてくださったLANさん。それから数か月後、わが家へ届いたのは、私をイメージした色合いで仕上げてくださったお香立てと花器でした。初めてLANさんの作品に出会った三年前、心を奪われた静かな美しさはそのままに、今回の作品は、より有機的な曲線を描き、色彩もさらに豊かに重なり合っています。  ...

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窯を開けるまで、わからない景色。
ナカマイリ

窯を開けるまで、わからない景色。

あらたなうつわとの出会い 土のうつわなのに、まるで石のよう。 初めて小原創太さんのうつわを目にしたとき、そんな感覚を覚えました。 きっかけは、知人が見せてくれた一枚のプレート。一枚一枚じっくり見比べると、青みの現れ方や炭の跡、貫入の表情は少しずつ異なり、それぞれが違う空気をまとっています。 ぜひわが家にも迎え入れたいと思ったのと同時に、「どのようにして、こんな奥行きのある表情が生まれるのだろう」という思いが募りました。作品そのものに惹かれたのはもちろんですが、それ以上に、その背景にあるものづくりを知りたくなったのです。 そんな思いから小原さんに連絡をし、先日、埼玉県所沢市にある工房を訪ねさせていただくことになりました。   静かな工房で 少し汗ばむ陽気の中、車を走らせて小原さんの工房へ向かいました。住宅街の一角に建つ、ご自宅兼工房。扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは、棚に整然と並んだうつわたちです。 知人に見せてもらったあのプレートや、印象的な丸いカップ、凛とした佇まいの花器など。あの日、一目惚れした表情の作品たちがずらりと並んでいて、思わず心が躍ります。   温かく迎えてくださった小原さんは、とても穏やかで、言葉のひとつひとつから誠実な人柄が伝わってくる方でした。 棚のうつわを眺めていると、小原さんは愛おしそうに手に取りながら、それぞれの表情が生まれる背景を聞かせてくださいました。 土の色、釉薬の掛かり方、そして炭化の工程。さまざまな要素が重なり合うことで、奥行きのある表情が生まれるのだそうです。 同じ材料と工程でつくられたうつわであっても、並べて見比べると、ひとつとして同じ表情のものはありません。 工房へ来る前に感じていた「どうしてこんなに奥行きのある表情が生まれるのだろう」という疑問が、小原さんの言葉によって、少しずつほどけていくようでした。   土と向き合う時間 この日は、「たたら」という技法による制作工程の一部を見せていただけることになりました。 ろくろが回転する土から形をつくるのに対し、たたらは板状に伸ばした土を型に沿わせて成形していく技法。平らなうつわは一見するとつくりやすそうにも思えますが、実は焼成すると歪みが出やすく、思うような平らさに仕上げるのがとても難しいのだそうです。 まずは、「菊練り」と呼ばれる土を練る工程から。土の中の空気を抜きながら、硬さを均一に整えていきます。土の塊に体重をのせ、リズミカルに形を変えていく無駄のない動きに、思わず見入ってしまいます。   菊練りを終えて、ロケットのような形に整えられた土の塊。それを手で少しずつ押し潰すようにして、きれいな平たい円柱状へと伸ばしていきます。小原さんはその円柱状の土の左右に、細長い木製のプレートを何枚か重ねて置きました。そして、ピンと張った細い針金を並行に滑らせるように引き、均一な厚みに一枚ずつきれいにスライスしていきます。 本来なら、このスライスした土を仕立てるには、だれないように少し乾燥させる時間が必要なのだそうですが、この日は、あらかじめちょうどいい硬さになるまで乾燥させておいたものを別に用意してくださっていました。   ほどよく乾燥した土を、丸みを帯びた型の上にそっとのせます。回転する台の上で、手のひらを使って優しく、型に沿わせるように成形していく。   その手仕事によって、平らだった土の板が、みるみるうちにうつわの形へと整っていきます。流れるようにスムーズに見える工程ですが、焼き上がりまでには細やかな調整が欠かせません。歪みや割れを防ぐため、乾燥のタイミングを見極めながら、慎重に管理していくのだそうです。   特に大きな板皿は、三回目の「炭化焼成」のタイミングで割れてしまうことが多いといいます。...

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二年分の「好き」を、一枚のハンカチに
ナカマイリ

二年分の「好き」を、一枚のハンカチに

節目に残したかったもの 神楽坂に引っ越してきて、あっという間に二年が経ちました。季節が巡るたび、各地の作り手を訪ね、そこで出会った道具たちを暮らしに迎えてきました。そんなご縁を重ねながら、暮らしが少しずつ豊かになっていったように思います。  食卓を彩るうつわ。毎日のように手に取る木の道具。部屋の片隅に置いているかご。 どれも、その道具を迎えた日の景色や、交わした言葉まで思い出させてくれる大切な存在です。 二周年という節目に、その時間を何かひとつ形に残したいと思い、ハンカチをつくることにしました。描いたのは、この二年間の暮らしの中で出会い、特に心に残っている道具たち。何度も手に取り、ともに時間を重ねてきたものだからこそ、それぞれにかけがえのない思い出が宿っています。 そんな二年分の「好き」を、一枚の布にぎゅっと詰め込みました。   ケンタくんが描いてくれた世界 イラストをお願いしたのは、以前、贈り物のための包装紙を描いてくれたケンタくんです。包装紙が出来上がったとき、「またいつか一緒に何かをつくれたら」と思っていたので、今回こうしてお願いできたことをとても嬉しく思っています。 描いてもらったのは、私たちが特に愛着を持って使い続けてきた暮らしの道具たち。「あのうつわも入れたい」「この家具も描いてほしい」と、一つひとつ選びながら、一緒に形にしていきました。  完成したイラストを見たとき、毎日のように使ってきた道具たちが一枚の絵になって並んでいることが、なんだか感慨深く、思わず見入ってしまいました。 ケンタくんらしい軽やかなタッチのなかに、ガラスのやわらかな透明感や、かごの繊細な編み目、それぞれの道具が持つ表情まで丁寧に描かれていて、「道具らしさ」がちゃんと伝わってきます。 見慣れた道具なのに、絵になるとまた違った魅力があって、広げるたびに嬉しい気持ちになる一枚です。   毎日使うものだから せっかくつくるなら、毎日気持ちよく使えるものにしたい。そんな思いから、製作はハンカチ専門店・OLD-FASHIONEDさんにお願いしました。 ハンカチは毎日持ち歩き、何気なく手に取る、とても身近な道具です。だからこそ、生地の風合いや縫製にもきちんとこだわりたいと思いました。たくさんの生地を見せていただく中で、一目見た瞬間、「これだ」と感じたのが、ほんのりと透け感のある上品な生地でした。軽やかでやわらかな風合いは、ケンタくんのイラストともよく馴染み、この一枚にぴったりでした。 縁には、「メロー巻き」を施しています。細い糸で丁寧に仕上げられた縁取りが、イラストをやさしく引き立て、このハンカチらしい軽やかな表情を添えてくれています。 暮らしの中で育つ一枚 新品のぱりっとした風合いも素敵ですが、何度も洗ううちに少しずつやわらかくなり、自分だけの一枚へと育っていく。その変化は、お気に入りのうつわや木の道具が、暮らしの時間とともに手に馴染んでいく感覚と、どこか似ているように思います。 バッグから取り出して手を拭いたり、お弁当を包んだり。ときには、かごにふわりとかけて目隠し代わりに使ってみたり。 小さな布ですが、暮らしの中では思っている以上に出番の多い道具です。気づけば何枚も集めてしまうのも、ハンカチの魅力のひとつ。 旅先で迎えた一枚や、大切な人から贈られた一枚は、引き出しを開けるたび、その頃の空気まで一緒によみがえらせてくれます。 このハンカチもまた、そんなふうに暮らしの時間を重ねながら、その人だけの一枚へと育っていってくれたら嬉しいです。 これから増えていく「好き」 二周年はひとつの節目ですが、新しい始まりでもあります。 この先も、新しい作り手とのご縁があり、心惹かれる道具と巡り合いながら、暮らしも少しずつ形を変えていくのでしょう。 これまでいただいたご縁を大切にしながら、この場所でまた新しい「好き」を重ね、これからも日々を紡いでいけたらと思っています。

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お昼が待ち遠しくなる曲げわっぱ弁当
ダイドコロ ナカマイリ

お昼が待ち遠しくなる曲げわっぱ弁当

日課から、楽しみへ   寝ぼけ眼で台所に立ち、卵焼きを焼く。夕飯の残りを少しずつ詰めて、ご飯をよそう。そんな毎朝のお弁当づくりは、私にとって淡々とこなす日課のひとつでした。  けれど、この一週間は少し違います。 理由は、新しく台所に迎えた曲げわっぱのお弁当箱。 以前から「いつか使ってみたい」と思っていた、憧れの道具です。 いつもの見慣れたおかずも、杉の白木に詰めるだけで、急によそ行きな顔になる。 詰めていくたびに華やかなわっぱ弁当になっていくその様子が楽しくて、気づけば朝の眠気もどこかへいってしまいます。SNSや雑誌で見かけるたび、「どうしてこんなにおいしそうなんだろう」と気になっていた秘密は、どうやらこのお弁当箱にあるようです。 お昼休みにこの蓋を開けるのが待ち遠しくて、仕事へ向かう足取りまで少し軽くなったような気がしています。   最初は、「無塗装」のつもりで  普段から木の道具が好きで、木肌の風合いを感じられるものを選んでいます。使うほどに艶が増し、小さな傷さえもその家だけの景色になっていく。そんな経年変化に惹かれるので、曲げわっぱも、迷わず無塗装のものを選ぼうと思っていました。 今回お願いしたのは、秋田県大館市で曲げわっぱをつくり続けている、りょうび庵です。昔ながらの技法を大切に受け継ぎながらも、今の暮らしに寄り添うものづくりをされていて、その考え方に自然と惹かれました。毎日使う道具だからこそ、美しさだけでなく、使いやすさまできちんと考えられていること。その姿勢に共感し、「この方がつくる曲げわっぱを使ってみたい」と思ったのです。 そんな思いで、無塗装のものをお願いしたいとりょうび庵の石倉さんへお伝えしたところ、返ってきたのは少し意外なお返事でした。 「お弁当箱でしたら、私は塗装のものをおすすめしています。」 木の道具をつくる方なら、素材そのものの風合いを何より大切にされているのではないか。そんなイメージを勝手に抱いていたので、思わず理由を伺うと、気づけば30分ほど、お弁当箱についてのお話を聞いていました。 石倉さんがおっしゃっていたのは、無塗装の曲げわっぱは経年変化を楽しめる一方で、シミや黒ずみ、匂い移りが起こりやすく、扱いが難しいと感じて使わなくなってしまう方も少なくないということでした。 「せっかく選んでいただいたお弁当箱が、使われなくなってしまうのは本当にもったいないんです。」 その言葉が、とても印象に残っています。 もちろん無塗装を否定しているわけではなく、その魅力もよく分かっている。それでも、お弁当箱は毎日のように使う道具だからこそ、気兼ねなく洗えて、また翌朝も自然と手が伸びることを大切にしたい。 だから、塗装のものをおすすめしているのだと教えてくださいました。 そのお話を聞いているうちに、私の中で「無塗装のほうが良いもの」という思い込みが、少しずつほどけていくのを感じました。素材そのものを味わうことも素敵ですが、「長く使い続けてもらうこと」を一番に考えたものづくりもまた、とても誠実なのだと気づかせてもらったのです。   一週間のお弁当 石倉さんのお話を聞いて迎えた、曲げわっぱのお弁当箱。 さっそく一週間、毎日お昼ご飯を詰めてみました。   月曜日: パズルのように彩りを  週の始まりは、インゲンの肉巻きがメイン。 ぎゅっと詰まったインゲンの緑色や、茹で玉子やトウモロコシの黄色、ミニトマトの赤。杉のやさしい木肌が、それぞれの色を引き立ててくれて、いつものおかずもよりおいしそうに見え、ます。...

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雨音を聴きながら、いつもの香りを
イマ キセツ

雨音を聴きながら、いつもの香りを

雨の日の深呼吸  今年の梅雨は、梅雨らしい雨の日が続いています。 朝からしとしとと降り続く日もあれば、窓ガラスを叩くほど雨音が強い日も。庭の草木はその雨をたっぷり吸って、気づけばひと回り大きく成長しているようです。 そんななか、お茶を淹れて本を開いたり、雨粒に打たれる庭木を眺めたり。家でゆっくり過ごす時間が増えるこの季節は、なかなかいいものです。 けれどその一方で、雨の日が続くと、どこか空気がこもったように感じることがあります。 そんなときは、お気に入りのフレグランスをひと吹き。 細かな霧がふわりと香りと広がると、部屋の空気の角がとれて、表情だけが少し変わるような気がします。   感覚を頼りに選んだ香り 今ではすっかり「いつもの香り」になったこのフレグランス。半年前、Lunefの安藤明日生さんと一緒に、自分だけの一本としてつくったものです。 テーブルいっぱいに並んだ精油の中から、そのときの自分が心地よいと感じるものを選び、ひとつの香りに仕立てていただきました。 印象的だったのは、精油の名前を伏せた状態で選んでいったこと。ラベルに書かれた名前にとらわれず、香りと向き合う時間は今も忘れられません。 「あ、これ好きだな」「もう一度嗅いでみたい」 そんな直感だけを頼りに、一つひとつ選んでいきました。 普段は「リラックスしたいからラベンダー」「すっきりしたいからレモン」と知識で選びがちですが、この日はそれをいったん脇に置いておいて。 そうして集まった精油のバランスを明日生さんが丁寧に整え、一つの香りに仕上げてくださいました。 完成したのは、静かな森を思わせるフレグランス。ベルガモットやローズマリーの爽やかさから始まり、ヒノキやシダーウッド、ベチバーの深い香りへと移り変わります。後から配合を見せていただくと、思っていた以上に木々や土を感じさせるエッセンスが集まっていて、自分の自然好きな内面がそのまま表れていたことに少し驚きました。 出来上がったばかりの頃は少し特別な気持ちで手に取っていましたが、今では仕事の合間にも、夜に本を読む前にも、手に取る回数が増えています。   鞄のポケットに忍ばせて 最近は家だけでなく、旅や出張にも欠かせない存在になっています。仕事で数日家を空けるときも、この小瓶をかばんの隙間に滑り込ませるのがいつの間にか習慣になりました。 旅は大好きなのですが、慣れない宿の部屋に着く頃には、思っている以上に身体が強張っていることもあります。荷ほどきをして窓を開け、外の空気を一呼吸入れたあと、空間にいつもの香りをひと吹き。 すると、見慣れない部屋にもいつもの空気が広がり、張っていた肩の力がすっと抜けていきます。  家で原稿に向かっているときも、旅先のベッドサイドでも、そこにあるのは同じ香りです。遠くに来ているはずなのに、いつもの暮らしの延長にいるような安心感があります。 枕元に軽く吹きかけて目を閉じると、さっきまでいた街の気配が少しずつ遠のいていき、やがて、深い森の中にいるような静けさに包まれ、そのまま自然と眠りにつけるのです。   変わっていくもの、変わらないもの 雨の日も、仕事の合間も、旅先の宿でも。 半年前に名前も知らず、ただ感覚だけで選び集めた精油は、すっかり私の暮らしの一部となりました。 自分のまんなかにある「自然が好き」という根っこから生まれたあの深い森のような匂いは、今思えば、私の暮らしにとってとても必然的なものだったのだと感じます。...

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灯りがつくるもうひとつの時間
イマ チャノマ

灯りがつくるもうひとつの時間

灯りとともに一日をほどく 夕暮れが近づくと、部屋の灯りをひとつ、またひとつとともします。ペンダントランプやデスクのそばの小さなスタンドライト。ひとつ、またひとつと明かりが灯るたびに、昼間とは違う時間が静かに流れはじめます。仕事や家事に追われていると、一日はあっという間ですが、灯りをともす時間だけは、少し立ち止まって深呼吸できる気がするのです。もともと照明が好きで、気に入ったものに出会うたび、少しずつ迎えてきました。ガラス、石、陶器。素材が変われば、光の広がり方も変わります。光を遠くまで届けるもの。やわらかく包み込むもの。陰影を美しく映し出すもの。同じ「灯り」でも、その役割はさまざまです。だからこそ、わが家では部屋ごとに照明の素材や形を変えています。ゆっくりと寛ぐリビングには、空間全体へやわらかく広がるガラスの光を。本を読んだり、少し考えごとをしたりする場所には、石の静かな存在感を。そして眠りにつく寝室には、光をやさしく透かす白磁の灯りを。灯りを選ぶことは、そこで過ごす時間を選ぶことなのかもしれません。慌ただしい日々のなかで、気持ちを静かに整えてくれる。今回は、そんなお気に入りの照明のお話です。 普遍の美しさをまとう。Holophaneのペンダントランプ   リビングには、ガラスのペンダントランプを吊るしています。100年以上の歴史をもつ、フランス・ホロフェーン社のものです。気分によって吊るす場所を変えているのですが、ここ最近はソファのそばに落ち着いています。クリアなガラスのシェードは視界を遮らず、昼間はそこにあることを忘れてしまうほど軽やか。厚みのあるガラスには細かな筋が刻まれていて、すっきりとした佇まいのなかに、どこか凛とした気配があります。ガラスの照明が好きなのは、光を受けて表情を変えるところ。灯りをともしていない昼間は静かに空間へ溶け込み、日が暮れるとその存在感がゆっくりと立ち上がってきます。 プリズムガラスを通った光は、無数の溝で細かく屈折しながら、やわらかく空間へとほどけていく。ひとつの灯りでありながら、部屋全体へ光が自然に広がり、ソファや壁、家具の輪郭まで穏やかに照らしてくれます。もともとは19世紀の終わり頃、工場や駅舎などの広い空間に効率よく光を届けるためにつくられた照明なのだそう。光を均一に広げるために生まれたプリズムガラスの技術は、当時としてはとても画期的なものだったといいます。ホロフェーンの照明が今もなお多くの人を惹きつけるのは、装飾のためではなく、光を届けるという目的から生まれた形だからかもしれません。必要から生まれたものには、時代を超えて残る美しさがある。実用のためにつくられた道具が、こうしてわが家のリビングで静かな美しさを見せてくれる。その背景を知るたびに、この照明がよりいっそう愛おしく感じられるのです。 ひんやりした石と、温かい光。トラバーチンのスタンドランプ  デスクの横に置いているのは、小さなトラバーチンのスタンドライト。1960年代にフランスで作られたものだそうです。ベースに使われているのは「トラバーチン」という天然の石。触るとひんやりとした質感なのに、やわらかなベージュ色をまとった姿にはどこか温かみがあります。トラバーチンは古代ローマの建築にも使われてきた石材で、長い時間をかけて生まれた独特の孔や模様が特徴です。表面にあるぽつぽつとした小さな穴や縞模様も自然が生み出したもので、その不規則な表情に惹かれます。灯りを点けていない昼間も、スツールの上にある姿をつい眺めてしまうほど。石そのものが持つ静かな存在感があり、オブジェのように空間に佇んでいます。ガラスのように光を透かしたり、白磁のようにやわらかく光を包み込んだりはしませんが、石には石ならではの魅力があります。光を受けることで、その質感や陰影がゆっくりと浮かび上がり、昼間とはまったく違う表情を見せてくれるのです。わが家にあるヴィンテージの家具や道具は、「Wormhole Furniture」の牛丸さんのところで迎えることが多く、この灯りもそのひとつ。古いものでも丁寧に手入れがされているので、身構えることなく暮らしへ迎え入れることができます。この灯りはデスクのそばに置いて、本を読んだり、家で少し仕事をしたりするときに使っています。 白磁を透かす光。3RD CERAMICSのペンダントランプ「time」  こちらは、3RD CERAMICSさんのペンダントランプ「time」。形が違うだけで光の放ち方がまったく違い、ひとつに絞りきれず、思わずふたつ一緒に迎えました。さらりとした白磁の質感が美しく、空間にすっと馴染む佇まい。灯りをともしていない昼間も静かな存在感があり、まるで小さなオブジェのようです。灯りをともすと、白磁のシェードを光がすっと通り抜け、全体に橙色の光がじんわりとにじみます。ガラスのように光を遠くまで届けるのではなく、石のように陰影を際立たせるのでもない。白磁の灯りは、光そのものをやわらかく包み込みながら、空間へと静かに広げてくれるように感じます。透光性の高い磁土が使われているそうで、よく見るとロクロの指あとがふわりと浮かび上がってきます。昼間には見えなかった手仕事の痕跡が、灯りによって現れる。その光景を見るたびに、白磁という素材の奥深さに心を動かされます。そのひと筋ひと筋には、土と向き合ってきた時間が静かに刻まれているかのよう。均一な工業製品にはない、人の手のぬくもりを帯びているところもまた、この照明の好きなところです。 食卓の上に吊るしているのは、「ラッパ」。名前のとおり、下に向かってゆるやかにひらく形が特徴です。光を下方向へと素直に導いてくれるので、ダイニングテーブルとの相性もよく、食事の時間をやさしく照らしてくれます。うつわのざらりとした質感や、グラスについた小さな水滴まで美しく映し出される様子を見ると、光にも料理や道具の魅力を引き出す力があるのだと改めて感じます。ごく薄く透明釉が施されているため、白磁ならではのやわらかな表情はそのままに、汚れがついてもさっと拭き取ることができます。美しさだけでなく実用性も備えているところは、日々使う道具としてとても頼もしい存在です。毎日の食卓で気兼ねなく使うことができる。そんなところもまた、この照明を好きな理由のひとつです。 「しずく」は、寝室に。一滴の水がこぼれ落ちる瞬間をとらえたようなフォルムで、灯していない昼間もまるでオブジェのような佇まいです。光をそっと内側に抱え込むようなこの形は、眠りにつく前の寝室にちょうどいい。灯りをともすと、白磁を透過した光が内側に溜まり、ロクロの線がいっそうくっきりと浮かび上がります。その陰影をただ眺めているだけで、不思議と時間がゆるやかにほどけていくのです。本を閉じて、灯りだけをぼんやり眺める夜もあります。今日はいろいろあったけれど、まあ、いいか。そんなふうに肩の力が抜けて、心までもまあるく整っていくのを感じます。 日々のなかに、余白を灯す 部屋にひとつ、またひとつと灯りをともしていく。 それは、時計の針とは少し違う、もうひとつの時間を家の中に流すような感覚があります。 部屋全体を明るくするのではなく、必要な場所にだけ小さな灯りをともす。そんな、間接照明だけで過ごす穏やかな夜が好きです。 ガラス、石、白磁。 素材が変われば、光の広がり方も、その場に流れる空気も少しずつ変わります。 ゆっくりと寛ぎたいとき。本を読みながら静かに過ごしたいとき。一日の終わりに気持ちをほどきたいとき。 それぞれの灯りが、その時間に寄り添うように暮らしのなかで役割を果たしてくれています。 やわらかな灯りのなかで過ごしていると、慌ただしかった気持ちも少しずつ落ち着いていくように感じます。 今日もまた、ひとつ灯りをともす。 そんな何気ない時間が、日々の暮らしのなかに小さな余白を生み、慌ただしく過ぎていく一日をゆるやかにほどいてくれるのです。

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うつわに描かれた物語をひらく
キセツ チャノマ

うつわに描かれた物語をひらく

食器棚の模様替え 関東もいよいよ梅雨入り。 しばらくは雨模様かと思いきや、天気予報を見ると向こう数日は貴重な晴れ間が続くようです。窓を大きく開けて風を通しながら、このお天気のいいタイミングで食器棚の模様替えをすることにしました。 冬のあいだ、あたたかみを与えてくれていたぽってりとした土もののうつわを奥へ。 代わりに、涼やかな磁器を手前へと並べ替えていきます。 雨の日が続くこの季節は、洗ったうつわがなかなか乾かず、少し気を遣う時期。その点、白磁のうつわは水切れがよく、布巾でサッと拭けばすぐに乾いてくれます。このじめじめとした季節、白磁はとても心強い味方なのです。  一番手の届きやすい特等席に並べたのは、渓山窯のそば猪口。渓山窯さんのそば猪口は絵柄のバリエーションがものすごく豊富で、その数はなんと100を超えるのだとか。モダンなものから、思わずくすっと笑ってしまうような遊び心のあるものまであるから、つい目移りしてしまいます。そのなかから、少しずつ集めたわが家のお気に入りたち。  ずらりと並んだ柄を眺めながら、さて、今日はどれを使おうか。 その日の気分でうつわを選ぶこの時間も、小さな楽しみのひとつです。   水面を覗き込むような「網目と赤い魚」  模様替えで少し動いたせいか、なんだか冷たいものが食べたくなって。 今日のお昼は、さっぱりとしたざる蕎麦の出番です。 これからの季節の昼食は、ざる蕎麦、そうめん、冷やし中華と、冷たい麺がローテーションで登場します。  選んだそば猪口は、染付の揺らいだ網目に、赤い魚たちが描かれた絵柄。 まるで今にも泳ぎ出しそうな上絵付の魚たちと、ぷかぷかと浮かぶ水草がなんとも愛らしいのです。 網目には「福をすくい取る」という意味があるともいわれ、たくさんの魚が描かれたこの絵柄からは、どこか豊かな実りの景色も感じられます。  冷たいめんつゆを注ぐと、白磁の余白が水面のように広がり、魚たちがその中を泳いでいるかのよう。涼やかな水辺をそっと覗き込んでいる気分になります。 つるりとした口当たりと、目にも涼しい絵柄は、じめじめとした梅雨の時季にもぴったりです。   いつもの甘味が特別になる「七宝柄」 おやつの時間。 冷蔵庫にあったフルーツと寒天を合わせて、簡単なみつまめに。 盛り付けは、円が連なる「七宝(しっぽう)」柄のそば猪口を選びました。七宝柄には、円が四方にどこまでも繋がっていくことから、「円満」や「豊かなご縁」が続くようにという願いが込められているのだとか。 渓山窯さんはもともと宮内省にうつわを納めていた窯元さんだけあって、こうした古典的な柄の美しさは、やはりすばらしいなと惚れ惚れしてしまいます。 そば猪口というと、そばつゆのうつわという印象がありますが、わが家ではこうしてデザートカップとして使うことも。規則正しい幾何学模様と白磁の凛とした雰囲気が品を添えてくれ、いつもの甘味も、どこか晴れやかな気持ちで味わいたくなります。   湯気の向こうに咲く「椿となずな 」 雨の日は、夕方になると少し肌寒さを感じることも。...

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木と陶磁器が並ぶひととき

木と陶磁器が並ぶひととき

あたたかな陽気に包まれて  先週末、夏を思わせる陽気のなか、中西健太さんと佐藤朱理さんによる二人展を開催しました。 初めてお越しくださった方も、いつも足を運んでくださる方も。年齢や性別を問わず、本当にたくさんの方にお越しいただきました。作品を囲みながら、豊かな時間をご一緒できたことを嬉しく思います。   みなさんが作品を手に取り、じっくりと眺めながら過ごされる姿がとても印象に残っています。 「これに焼き菓子をのせたらかわいいな」「朝食に使いたい」 そんな声があちらこちらから聞こえてきました。 うつわや木工を前に、それぞれの暮らしのひとときを思い描く。誰かの言葉に耳を傾けたり、自分ならどう使おうかと想像を巡らせたり。 好きなものをきっかけに、自然と会話が生まれていく時間は、この二人展ならではだったように思います。 あの日眺めていた作品たちは、今ごろそれぞれの食卓や暮らしのなかで、新しい時間を重ねているのでしょうか。週が明けた今も、そのことを思い返しながら、あたたかな余韻に包まれています。   木と白磁の響き合い 今回の二人展で、ひときわ目を引いていたのが、中西健太さんの木工と佐藤朱理さんの白磁練り込みが並ぶ佇まいでした。  佐藤さんにとって今回初めての試みとなる白磁練り込み。土を幾重にも重ねて生まれる模様は、一点一点異なる表情を見せてくれます。やわらかな白のなかに浮かぶ繊細な模様は、どこか木目を思わせるようでもあり、中西さんの木工と並ぶと不思議なほど自然に馴染みます。 「窯から出てくるまで、どんな模様になるか私にも分からないんです」 そう佐藤さんが話してくださったように、同じものはひとつとしてない一期一会のうつわです。   白磁の片口と茶杯を中西さんのお盆にあしらうと、空間がすっと整い、静かなお茶の時間が思い浮かびます。 白磁のプレートには木のカトラリーを添えて。 木が育んだ木目と、土から生まれた模様。それぞれの表情が響き合うことで生まれる眺めは、この二人展を象徴する一コマだったように思います。   手に馴染むものたち  こちらは、佐藤さんのマグとカップ。 描かれた模様は、その時々に佐藤さんが手の動くままに表現されたものです。自由な線と、水墨画を思わせるやわらかなにじみ。同じものはひとつとしてなく、それぞれに異なる表情があります。佐藤さんが独自に調合した楽釉薬の白をじっと見つめていると、冬の窓ガラスに張った氷や雪景色が浮かんでくるようで、どこか静けさをまとっています。   そこに寄り添うのは、中西さんの木工作品たち。 立山連峰を望む富山の地で制作される中西さんの作品は、木そのものが持つ美しさを活かしながら、暮らしのなかで心地よく使えることを大切にされています。 もともとは登山用のうつわづくりをきっかけに生まれたもの。そのため驚くほど軽く、手に取ると自然と馴染みます。   佐藤さんのマグにコーヒーを淹れ、中西さんのトレイに焼き菓子を添える。 そんなご自宅でのひとときを思い描きながら作品を選ぶ方も多くいらっしゃいました。...

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涼を呼ぶガラスのうつわたち
キセツ チャノマ

涼を呼ぶガラスのうつわたち

初夏の光をガラスとともに  5月も終わりに近づき、日ごとに夏めいてきました。陽射しが強くなるこの季節、手に取りたくなるのがガラスのうつわたちです。 光を受けてきらりと揺れる姿や、冷たい飲み物を注いだときの涼やかな表情。ガラスのうつわには、暑さを心地よさへと変えてくれるような魅力があります。 最近は、食卓を見渡すとガラスのものが増えてきたように思います。わが家にも、一足早く夏が訪れているようです。   朝の光が似合う小さなボウル   ヨーグルトにグラノーラをかけたり、サラダをさっと盛り付けたり。 そんなごく簡単なメニューでも、木村硝子店さんの「サンサボウル」に盛るだけで、いつもの食卓の空気がすっと涼やかに整うのです。 落ち着いたスモークグレーのうつわを朝の光にかざしてみると、ガラスの中に浮かぶ無数の小さな気泡が光を宿して、きらきらと瞬きます。 澄み切った透明なガラスとは少し違う、やわらかな風合い。そんな独特の質感と、この丸みのあるぽってりとした形のおかげでしょうか。ガラスなのにどこか温かみがあって、かしこまらずに普段使いできるところが気に入っています。   夕暮れのワインと「キソ」 18時を過ぎても外はまだ明るい。 こんな明るいうちに飲む、冷えたワインは格別です。 一日の長さは同じはずなのに、なんだかいつもより長く満喫できているような感覚になるのは私だけでしょうか。 そんな穏やかな夕暮れ時に寄り添ってくれるのが、木村硝子店さんの「キソ」。 本格的なハンドメイドのワイングラスでありながら、気取りすぎていないところがお気に入りです。 ステムが長すぎず安定感があるので、気負わずに使えるのが嬉しいところ。 それでいて、極限まで薄く作られたガラスは華奢で凛としていて、夕方の光に透ける姿まで美しい。  張りきって料理をした日だけでなく、簡単な夕飯のときも、このグラスがあるだけで十分満たされた気分になれるのです。 極薄の口当たりはとても心地よく、贅沢な余韻を残してくれます。   光を通して表情を変える「tatesuji」 菊地大護さんの「tatesuji」は、うつわとしてはもちろん、オブジェのような佇まいもまた素敵です。細い縦筋に沿って光が揺れて、テーブルの上に美しい影を落とします。 このうつわをわが家に迎えたのは、まだ空気の冷たい冬のころでした。冬の澄んだ光の中では、静かで凛とした印象があったのですが、初夏になった今見ると、また少し違って見えます。強くなった陽射しを受けて、ガラスがきらきらと光を通している姿。同じうつわなのに、季節によってこんなにも表情が変わるんだな、と最近また手に取ることが増えたように思います。   以前、菊地さんの工房で制作の様子を見せていただいたときのこと。 オレンジ色に熔けた熱いガラスが、型の中で息を吹き込まれることで、あの美しい縦筋の模様が写し取られていく。その光景は、今も心に焼き付いています。 菊地さんの息遣いや工房の熱気を肌で知ってから、このうつわがより愛おしく思えるようになりました。 涼しげなガラスの奥に、どこかじんわりとした温度を感じる理由は、きっとあの場所の空気を知っているからなのだと思います。 ...

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日ノ出ガラスポットが生まれる場所
ツナガリ 旅日記

日ノ出ガラスポットが生まれる場所

九十九里の風が届く工房へ   わが家の食卓で、いつもお茶の時間をあたたかく灯してくれる、日ノ出ガラスポット。暮らしにそっと寄り添い、慌ただしい日も、少し気持ちが揺らぐ日も、このまあるい透明な佇まいを眺めているだけで、不思議と心が凪いでいきます。 このポットは、一体どんな場所で、どのように生まれているのだろう。そんな好奇心に背中を押されて、私は千葉県東金市にある日ノ出化学製作所の工房を訪ねました。 少し前まで東京に工房を構えられていた瀧澤さん。千葉へ移転されてから、伺うのは今回が初めてです。約二年ぶりとなる再会でしたが、以前と変わらず温かく迎えてくださり、緊張していた気持ちがすっとほどけていきました。   一歩足を踏み入れた工房には、たくさんの道具が立ち並んでいます。 「あの美しいガラスポットは、ここから生まれているんだ」 そう思うと、胸の奥が温かくなります。   年季の入った道具と、炎の記憶  今ではほぼガラスポットのみを制作されている瀧澤さんですが、かつては本当にさまざまなものを手がけていたそうです。 理化学用の試験管。美容エステで使われるガラス管。キャラクターもの。さらには、結婚式の演出用ガラスまで。 実際に当時の作品を見せていただきながらお話を伺うと、その細かな手仕事はまるで飴細工のように繊細で、その美しさに思わず見入ってしまいました。 「昔はいろいろ作ってたんだよ」 そう話す横顔には、どこか懐かしさと、長年ものづくりに向き合ってきた誇りが滲んでいます。    熱く語るその背後にどっしりと佇んでいるのは、50年近く使い続けているという大きな電気炉。 もともとはガス炉だったものを、時代に合わせて電気炉へと変えながら、大切に使い続けてきたのだそうです。   瀧澤さんと長い年月を共にしてきたものは、それだけではありません。 作業台に無造作に並ぶ、焦げ跡のついたコテや煤(すす)で黒ずんだハサミやピンセット。 まるで職人の手の延長のような、それらの佇まいを眺めていると、効率や新しさだけでは測れない、ものづくりの時間がゆっくりと流れているようでした。   火とガラスが形になる瞬間 ひとしきりお話をしたあと、瀧澤さんがすっとガラス管を手に取り、バーナーに火を灯しました。 「ゴーッ」という力強い音が工房いっぱいに響き、先ほどまでの穏やかな空気が一変します。 真剣な眼差しでガラスと向き合う瀧澤さんの横顔に、こちらも自然と背筋が伸びるようでした。    酸素の量を巧みに操りながら、炎は細長く鋭く伸びたり、ふわっと大きく広がったりと、自在に表情を変えていきます。  絶えずガラス管を回し、炎の当て方や息の入れ方を細かく変えながら、硬かったガラスをなめらかに成形していく。その迷いのない手つきに、ただただ惹きつけられます。  はじめは何が生まれるのかわからなかったガラスは、みるみるうちにふっくらと膨らみ、どこか見覚えのある姿に。...

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わが家のタオル使い分け
オフロ

わが家のタオル使い分け

暑さを感じ始める季節に  まだ5月半ばだというのに。少し前まで「ポカポカとした気候が気持ちいいね」なんて言っていたのもつかの間、はやくも真夏日を記録する日が出てきました。 予報を見ると、今週末からは30度を超える日も並び、 慌てて衣替えをしたところです。  体がまだ暑さに慣れていないこの時期。外から帰って冷たい水で顔を洗ったり、さっとシャワーを浴びたりと、自然とタオルの出番も増えていきます。  毎日何気なく使っているタオルですが、一日に何度も手に取るようになると、その使い心地が思っている以上に暮らしの快適さを左右していることに気づきました。 糸の密度や織り方の違いで、肌に触れたときの感触はもちろん、乾きやすさなど実用的な面も驚くほど変わります。そんな理由で、今は質感の異なる二つのタオルを、その日の気分や季節に合わせて使い分けるようになりました。 わが家の棚に並ぶ、性格の違う二つのタオル。今の私にちょうどいいのは、どちらだろう。    毎日の定番「FUJITAKA TOWEL 」 わが家で長く愛用しているのが、FUJITAKA TOWEL。これを迎えたのは、この家へ引っ越してきた頃でした。 「毎日使うものこそ、ちゃんと納得したものを選びたい」 そう思いながら、じっくり吟味したことを今でもよく覚えています。 使い始めて、気づけばこの夏で丸2年。以前使っていたタオルは、1年ほどするとヘタリが気になって買い替えることも多かったのですが、FUJITAKA TOWELのふっくらとしたボリューム感は、今も変わらず健在です。   パイルがびっしりと詰まった肉厚な質感は、使うたびに少し贅沢な気持ちにさせてくれます。 顔をうずめた瞬間のやわらかさは、ほっと肩の力を抜いてくれるような安心感があるほど。   もちろん吸水力も抜群です。ロングヘアーの私にとって、お風呂上がりのドライヤー時間はどうしても長くなりがちですが、このタオルは頭にしばらく巻いておくだけで、水分をぐんぐん吸い取ってくれて、タオルを外したときの髪の軽やかさにいつも感動してしまいます。おかげでドライヤーの時間も自然と短くなり、暑い季節には特にそのありがたさを実感しています。 毎日のことだからこそ、こうした小さな快適さが、暮らしを少し整えてくれるのだと思います。   仲間入りした「kontexのワッフルタオル」   この春、新しく迎えたのが、kontexのワッフルタオル。最初はハンドタオルとフェイスタオルから使い始めたのですが、その使い勝手のよさにすっかり惹かれ、最近ではバスタオルも仲間入りしました。 厚みは、FUJITAKA TOWELの半分ほどでしょうか。びっしりと詰まったパイルとはまた違う、ぽこぽことしたワッフル生地。 肌に触れた瞬間、この凹凸が水分をすっと吸い上げてくれて、拭き終えたあともさらりと軽やかな使い心地です。汗ばむこれからの季節には、このさらっとした感触がなんとも心地よく感じられます。...

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家具とともに、時間を育てる
イマ

家具とともに、時間を育てる

初夏の風と窓辺の青葉 窓を開けると、少し湿り気を含んだやわらかな風が、部屋の奥までゆっくりと流れていきます。 わが家の窓の外も、ここ数日で春の色から一変しました。ついこの間まで淡いピンクを纏っていた枝垂桜は、いつの間にか鮮やかな青葉へ。隣で揺れるもみじが光を透かす様子を眺めていると、今年の連休は、どこか遠くへ出かけるよりも、この家で流れる時間をゆっくり味わいたい。そんな気持ちになりました。  あえて予定を詰め込まず、移ろいゆく景色を楽しみながら、お気に入りの椅子に座ってコーヒーを淹れる。そんな穏やかな数日間をともに過ごしながら、あらためてその魅力を感じた家具たちのことを、少しだけ綴ってみようと思います。    私の暮らしにちょうどいい一脚 リビングの窓際で静かに私を待っていてくれるのは、スウェーデンのDUX(デュクス)社で作られた、ブルーノ・マットソンのイージーチェア。 この椅子のいちばんの魅力は、腰を下ろした瞬間にふっと身体が軽くなるような、独特の「しなり」です。身体のラインに沿うやわらかなカーブが、日中の緊張感を優しく解きほぐしてくれます。 わが家へ迎えるにあたって、今の部屋の空気に馴染むよう、布地を落ち着いたグレーへ張り替えてもらいました。ふっくらとしたボタン留めのクッション、そして指先でなぞると吸い付くような、なめらかな曲線を描く木のアーム。 どこをとっても美しく、この椅子を迎えて本当によかったと、座るたびに実感しています。  朝、コーヒーを飲みながらぼんやり外を眺めたり。夕方、西日が差し込むなかで本を読んだり。夜、間接照明だけをつけてゆっくり過ごしたり。 気づけば、一日のなかで何度もこの椅子へと戻ってきています。  座り心地にはしっかりとした安心感があるのに、見た目ほど重たくなくて、私でも気軽に動かせるところも気に入っています。 少し肌寒い日は日向へ向けたり、パートナーとゆったり話す時には内側へ角度を変えてみたり。その時々の気ままな過ごし方に、この椅子はいつも、やわらかく寄り添ってくれています。   暮らしに添える小さなスツール  ソファの傍らには、スツールを。 特に気に入っているふたつをその時の気分に合わせて置き分けています。 ひとつは、フランスで作られた三本脚のスツール。 厚みのある天板は、どこか有機的な四角さをしています。 他ではあまり見かけない、少し不思議なバランスのかたち。初めて見た瞬間、その佇まいに惹かれて、一目惚れした小家具のひとつです。天板を覗き込むと見える、脚を固定する「クサビ」の跡は、なんだか可愛らしい。その無骨さと、丸みのあるフォルムのバランスが心地よく、眺めているだけで心が和みます。淹れたてのコーヒーと読みかけの本を預けておくのに、ちょうどいいスペースです。   もうひとつは、おそらくトーネット社製と思われるシンプルな一脚。 ブランドタグは欠損していますが、独特な曲木の脚が見せる凛とした表情は、きっとそうに違いないと思わせる魅力があります。曲木を用いた脚が描く、しなやかさと緊張感を秘めたカーブ。そこへそっと指を滑らせるたび、木という素材が持つ力強さとやわらかさが伝わってくるようです。  サイドテーブルとしてだけでなく、玄関で靴を履く際の腰掛けや荷物置きとして使ったり、来客時にはダイニングテーブルに運んで椅子として使ったり、植物を置いたり。蜜蝋ワックスを施してもらったことでしっとりとした重厚感が増し、どこに置いても自然と空間に馴染んでくれます。   黒がつくる静かな景色 リビングの空気を静かに引き締めてくれているのが、黒い水屋箪笥。もともとは木本来の色だったものを、この家に迎えるときに黒く塗り替えていただきました。 ゆらゆらと揺れる古いガラスが美しく、光が差し込むたび、中に並ぶお気に入りのうつわや本たちが、水面越しに見ているようにやわらかく揺らめくのです。 ソファの正面がこの子の定位置。くつろぎの時間にふと目を向けると、そこには私だけの「宝箱」が静かに佇んでいます。...

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