一目惚れからはじまる、私の一碗

一目惚れからはじまる、私の一碗


兵山窯との再会

引越しを前にして、自分だけのうつわを探し求めていたあの頃。
作山窯さんと出会い、うつわが暮らしを彩るものだと実感した日々の道すがら、岐阜・土岐の地で兵山窯さんに出会いました。

はじめて手にした「かいらぎ」のうつわは、その表情に心を奪われました。
釉薬が焼成の過程でちぢみ、表面に残された微細な凹凸。
その模様はひとつとして同じものがありません。見る角度や光の具合で陰影が揺らぎ、うつわが持つ姿を変えていくようでした。
茶道の世界では昔から、このような移ろいを「景色」と呼び、時間の流れとともに味わってきたと聞きます。

私もひと目で、その景色に惹きこまれました。まさに「一目惚れ」。
そのときの印象は年月を経ても消えることなく、今も心に深く残っています。

そして、アメノイエでの暮らしにもすっかり慣れてきた今。
あの時の想いを胸に、もう一度兵山窯の工房を訪ねることにしたのです。

 


岐阜・土岐の地に息づく窯 ― 兵山窯

岐阜県土岐市。
焼き物の里として長い歴史を刻んできたこの地に、兵山窯さんは工房を構えています。

工房に足を踏み入れると、土の香りと静かな熱気に包まれ、棚には大小さまざまなうつわが並んでいました。
ひとつひとつに違った表情があり、手に取る前からその存在が語りかけてくるように感じられます。

兵山窯さんといえば、代表作の「錆かいらぎ」をはじめ、「やしのぎ」「市松」など、日常に馴染みやすく使いやすいうつわがよく知られています。
かつては磁器を中心にしていましたが、時代の流れとともに土ものへと移行し、その挑戦の中から錆かいらぎのような独自の表現が生まれたといいます。

土と炎が生む偶然を受け止め、それをうつわの魅力として磨き上げていく姿勢。
その真摯なものづくりこそが、兵山窯さんの原点なのだと感じました。

 


日々を支える一
を求めて

うつわが少しずつ増えていく中で、日々をともに過ごす自分だけのお茶碗は、まだ見つけられていなかったのです。
毎日欠かさず手に取るものだからこそ、流行や気分ではなく、心から納得できる一碗を迎えたい。
その思いを込めて、兵山窯さんに形にしていただくことにしました。

選んだのは、あの日一瞬で心を奪われた「錆かいらぎ」。
かいらぎは、水分や油分を受けとめることで少しずつ表情を変えていく特性があるそうです。
その変化は、まるで暮らしの時間を映しているかのよう。
日常の中で使い重ねるほどに、自分だけの一碗へと育っていく。そんなところにも心を惹かれました。

せっかくなので、どんぶりも一緒にお願いしました。
ごはんをよそうだけでなく、汁ものや丼ものまで幅広く使えるうつわがあれば、食卓の時間はさらに豊かになります。

さらに、かいらぎに加えて色違いも揃えたいと思い、まったく異なる表情を持つ「錆巻き」を選びました。
深みのある黒に錆色がにじむ風合いは、料理の彩りをぐっと引き立て、かいらぎとは質感も雰囲気も対照的。

お茶碗もどんぶりも、この二色でつくっていただけることになりました。
料理を盛ったときにどんな表情を見せてくれるのか、思い浮かべるだけで心が弾みます。

 


一碗のある時間

かいらぎのお茶碗 ―白いごはんに

朝の食卓に、炊きたての白いごはんをよそいます。

かいらぎのお茶碗に盛ると、手になじむ心地よさと、白ごはんから立ちのぼる湯気がふわりと合わさり、一日の始まりに小さな静けさを添えてくれるようでした。

鮭の塩焼きや卵焼きといったシンプルな朝食も、この一碗を手にするだけで、すっと背筋が伸び、ゆっくりと丁寧に味わいたい気持ちに変わります。

 


錆巻きのお茶碗 ― 炊き込みごはんに

黒地に錆色がにじむ落ち着いた錆巻きのお茶碗には、秋の炊き込みごはんを。
厚みのあるうつわが熱をやさしく包み込み、きのこや根菜の彩りを一層引き立ててくれます。

季節ごとに具材を変えるたび、食卓に新しい表情が加わるのも楽しみのひとつ。
そのときどきの旬を映す一碗が、暮らしの時間を豊かにしてくれます。

 


かいらぎのどんぶり ― 具だくさんのお昼ごはんに

ある日のお昼、野菜やお肉をたっぷりのせたビビンバ風ごはんをよそいました。
普通のお茶碗の1.5倍ほどの量のごはんを盛っても余裕があり、さらに具材を重ねても窮屈さを感じさせません。

口縁がわずかに内側へと締まっているため、たっぷり入るのに全体の姿はすっきりと上品。
シンプルなフォルムの中に、使いやすさと美しさを計算した工夫が隠されているように思います。

見た目の迫力の中に、どこか品の良さを残してくれるのも、このうつわの魅力です。

 

錆巻きのどんぶり ― あたたかいうどんに

寒さが深まる日の昼下がり、体を温めたくて用意したのは湯気の立つうどん。

錆巻きのどんぶりに盛ると、黒に錆色がにじむ落ち着いた風合いが澄んだつゆを際立たせ、卵や薬味の彩りをひときわ鮮やかに見せてくれます。
厚みのあるうつわは、最後のひと口まで温もりを保ち、食べ終える頃には心も体もすっかりほどけていました。

かいらぎと錆巻き。
それぞれの色合いが料理の印象を変え、食卓に新しい表情をもたらしてくれます。

今日はどちらにごはんをよそうか、どんな料理を盛ろうか。
そんな小さな選択が、日々の食卓をより豊かにしてくれるのかもしれません。