ヒビノコト

「アメノイエの住人」雨野紡が日々の暮らしを綴る日記です。
家の中での過ごし方や産地での出会いをこちらでご紹介します。

ヒビノコト

冷水さんに教わる「clay」の新しい表情

冷水さんに教わる「clay」の新しい表情

私の憧れの人 以前、お仕事の取材を通じて出会った、料理家の冷水希三子さん。生み出す料理、うつわの選び方、そしてスタイリング。そのどれもが素晴らしく、しずるような世界観に引き込まれ、今ではすっかり私の憧れの存在です。しっとりとした佇まいの中にある揺るがない芯に触れるたびに、私もそうありたいと思わせてくれます。 そんな冷水さんに久々に連絡をしたのは、新しく迎えたボウルを使いはじめてしばらく経った頃のことでした。   こちらが、ナカマイリしたボウル「clay(クレイ)」。これまで深さのあるうつわをほとんど持っておらず、「こんな形があったらいいのに」という思いをきっかけに、作山窯さんと一緒に形にしたこうつわです。外側に残した再生土の表情が印象的で、すっと手になじむフォルムもなんともかわいらしいのです。 けれど、いざ自分で使ってみるとどうしても用途が似通ってしまい、お鍋の取皿やスープ、どんぶりが定番に。 特に大きなサイズは盛り付けに迷うことが多く、ふたり暮らしには少し大きいようにも感じて、出番が減っていました。 「clay」には、きっともっと別の表情があるはず…。そう思いながらも、なかなか答えを見つけることができません。そんなとき、ふと冷水さんのことが頭に浮かびました。思い切ってその悩みをメールで相談してみると、ほどなくして返信が。 「では、よければうちで使ってみましょうか。」 ご自宅に招いていただけるなんて、思いもしなかった展開です。 そして約束の日。冷水さんの家に着き、インターホンを目の前に深い息をひとつ。いよいよです。   憧れの台所 家にあがったときの感動は、今でも鮮明に覚えています。誌面で何度も見てきたあの世界が、そのまま目の前に広がっているのです。 なかでも目を奪われたのが台所。数えきれないほどの調味料や料理道具が棚いっぱいに並んでいるのに、雑然とした印象がまったくありません。どれもが“ここが私の居場所だよ”という表情で、ぴたりと収まっているからでしょう。   視線を移すと、書斎やダイニングの横にある棚にはいくつものうつわが重なり合っています。どこもそれぞれ個性的なのに、ひとつの風景のようにまとまっていて、思わず見入ってしまう美しさでした。   ひとしきり部屋を見せていただいたあと、荷物を置き、台所にうつわをそっと並べました。すると冷水さんはひとつを手に取り、外側を指先でゆっくりとなでます。 「外側の土の表情がいいね。内側の釉薬もきれい。黒も強すぎなくて、料理が映えそう。」 こだわった部分をさっそく褒めてもらい、うれしくなりました。再生土の風合いを生かすため、外側には釉薬をかけずに土の質感を残し、内側の色味も何度も調整してきたのです。 続いて、口縁に指を添えながら、角度を変えて眺めていきます。 「これ、手で仕上げてる? 上から見るのと横から見るのとで、ちょっと表情が違って可愛いね。」 丸く成形したあと、職人さんがひとつずつ手を加えて仕上げるこのうつわ。上から見ると、ほんのりと三角に見えるその輪郭が愛らしく、私も特に気に入っているところです。 冷水さんは、まるでうつわと会話しているかのように、その子のチャームポイントを次々と見つけてくれます。しばらくうつわを眺めたあと、こう言いました。 「今日はね、この子たちでふたつシーンを作ろうと思うよ。季節的に鍋は外せないよね。もうひとつは洋食かな。」 こんな機会はきっと二度とないと思い、お言葉に甘えることにしました。   冬色の洋皿を愉しむ 「じゃあ、洋のシーンからいきましょうか。」...

続きを読む
菊地大護 「クリスマスからお正月へ、年末を彩るうつわ」

菊地大護 「クリスマスからお正月へ、年末を彩るうつわ」

冬の気配とともに始まる、特別な時間 冬の澄んだ空気が少しずつ街を包みはじめ、好きな季節がやってきたことを感じる12月。街にはイルミネーションが輝き、クリスマスや年末のイベントの準備で、どこかそわそわと賑やかな気配が広がります。この季節ならではのワクワクとした空気に触れると、心が自然と弾みますね。 こうした冬の始まりに、アメノイエではガラス作家・菊地大護さんの作品をお迎えし、季節の移ろいを感じるひとときをご用意しました。クリスマスやお正月の準備で、うつわの出番がいつもにも増して多くなるこの季節。晴れの日の食卓に、美しい菊地さんのガラスをしつらえていただきたい。そんな思いを込めて今回制作をお願いしました。 きらめくガラスのうつわや酒器が、冬の光と静けさを映し込み、日々の食卓にそっと華やぎを添えてくれる時間を感じていただければ嬉しく思います。 稲刈りの季節に訪れた、新しいアトリエ 10月中旬に、完成したばかりの菊地さんのアトリエを訪れました。秋が深まりきる前、稲刈りが進む田園の中に佇むその空間は、澄み渡る空気に包まれ、どこか未来への静かな期待を感じさせる場所でした。 もともとお米の農家さんが使っていた蔵を、菊地さんがアトリエとして整えたという建物。広々とした空間に高い天井、秋のやわらかな風が抜け、室内に差し込む陽の光が作品の輪郭をやさしく照らしていました。 この日は嬉しいことに、制作風景も見せていただけることに。ガラスづくりは、吹く人と形を整える人のふたりで行うイメージがありましたが、菊地さんはおひとりで、驚くほど軽やかにこなしていきます。窯から出したばかりのガラスに向き合い、道具を使って形を定めていく姿は美しく、とても印象的でした。 ガラスがまだ熱を帯びているうちに光を透かして輝く瞬間や、金属の道具が触れたときの“カツッ”という澄んだ音、息づかいに合わせてゆらめく色のグラデーション。その光と音、そして手元の細かな動きに引き込まれ、気づけば呼吸まで自然と菊地さんのリズムに合わせるように見入っていました。 菊地さんのガラスといえば、上品でやわらかなピンク色が特徴です。この色は、ガラスを琥珀色に仕上げる“アンバー”という原料を使い、薄く吹き上げることでふわりとピンクに見えるのだとか。まさかアンバーからピンクが生まれるとは思いもよらず、ガラスの奥深さに驚かされました。 気さくでお話し上手な菊地さんは、私のリクエストにも快く応じてくださり、見たい作品を次々とその場で形にしてくださいます。 手仕事の丁寧さ 日々愛用している片口。その切れのよさは、注ぐときのストレスがなく、料理やお酒を楽しむ時間をより心地よいものにしてくれます。 仕上げの要となる口の部分は、道具を使って一気に形づくられ、その一瞬の研ぎ澄まされた集中に思わず見入ってしまいました。 口元を仕上げたあと、底につけられたガラスを外し、作品は窯の中でゆっくりと時間をかけて冷まされていきます。成形後のガラスを丁寧に冷やすことで、急激な温度変化による割れを防ぐのだそうです。 流れるように続く菊地さんの動きと、ひとつひとつの工程を確かめるように進める丁寧な手仕事。その調和の美しさに見入っていると、いつの間にか時間が経つのを忘れてしまいます。躍動感のある制作の光景に触れながら、終始心が弾むようなひとときを過ごしました。 どの作品をお迎えするか、アトリエのテーブルをお借りしてゆっくり見比べてみることにしました。どれも素敵で迷っていると、菊地さんが庭に咲く白い百合をさっと摘み、細いガラス瓶に生けてくださいました。白百合が添えられたことで、テーブルの上のガラスが陽の光を受けていっそう澄んだ輪郭を見せ、静かな輝きがふわりと広がります。 その透明な重なりを眺めながら、じっくりと作品を選ぶ時間を楽しみました。 そんな居心地のよいアトリエは、差し込む光ややわらかな秋風に包まれ、つい長居してしまうほどでした。菊地さん、素敵なアトリエを見学させていただき、ありがとうございました。 ガラスが映す、冬の光と季節のしつらえ クリスマスの温かい団欒から、年末のご馳走、新年の凛とした食卓まで、冬のさまざまな場面を彩るガラスの作品たち。 普段は涼やかな季節に使うことが多いガラスですが、抜け感のあるうつわは冬の光を受けることで表情を変え、軽やかで美しく、どこか洗練された雰囲気を運んでくれます。 年越しには酒器をしつらえて。お酒をいただく時間が、いつもより少し特別に感じられそうです。どの作品にも、菊地さんのガラスが持つやわらかな存在感と、手仕事のやさしさが宿っています。 アメノイエで、その透明な世界をぜひお楽しみください。皆さまのお越しを心よりお待ちしております。 オープンデイのご予約はこちら

続きを読む
Lunef × アメノイエ -オリジナルフレグランス-

Lunef × アメノイエ -オリジナルフレグランス-

香りづくりのはじまり 今日は、待ちに待った “自分だけのフレグランス” をつくる日。香りのブランド Lunef(リュネ)の調香師、安藤明日生(あすみ)さんが、わが家に来てくれました。友人の紹介でLunefと出逢い、その静かな世界観に惹かれて、はや半年。「いつか一緒に香りをつくりたい」という思いを明日生さんに伝えてみると、迷いなく応えてくださり、こうして今日を迎えることに。 白がよく似合う方で、この日も白いワンピースが柔らかな存在感を放っています。その凛とした佇まいに見惚れているやいなや、明日生さんは手際よく準備をはじめます。何種類もの白い布をつなぎ合わせた素敵なパッチワークのクロスをふわりと広げ、その上に小さな精油瓶をひとつ、またひとつと並べていく。さらに、細長い試香紙に精油を一滴ずつ落としていき、黒いプレートの上に円を描くように配置していく。その一連の流れは、SNSで見てきたあの光景そのままで、なんだか胸が高鳴りました。 やがて準備が整い、紙とペンが手渡されます。テーブルに並ぶのは、番号だけが記された白い紙。 「まずは、好きな香りと出会ってくださいね」と明日生さんが言います。 普段なら、精油の名前や効能に意識が向いてしまいがちですが、あえて情報を伏せることで、先入観ではなく純粋な好みと向き合ってほしいという明日生さんの意図が伝わり、私の意識も香りそのものへと向いていきました。   香りと向き合うひととき さて、21枚の芳香紙を順番に香っていきます。8番目あたりまで試していくと、気になるものがいくつも出てきて、少し迷ってしまいます。すると明日生さんが、「いくつ選んでも大丈夫ですよ」と声をかけてくれました。そのやわらかな笑顔に安心して、また次の香りへと手を伸ばします。 ただ香りだけに集中する時間が、黙々と過ぎていきます。鼻先に届く瞬間の印象、奥に残る静かな余韻。そのひとつひとつを確かめていると、全神経が嗅覚へ集まっていくようで、普段では味わえない感覚に包まれました。 すべて試し終えると、明日生さんがひと言。「紡さんは、ウッディなものがお好きなのですね。」 私が選んだ多くが、森を思わせる精油だったようです。自然が好きだからなのか、都会の暮らしの中で、知らないうちに森のような静けさを求めているからなのか。 ふっと内側を見透かされたようで、少し照れくさくなりました。   ついにかたちになるとき 選んだ精油を一滴ずつ重ね合わせていくと、単体では見えなかった陰影が浮かび上がってきます。 すっと通るような森の空気。土の渋み。奥に潜む甘さ。精油を重ねるごとに変化していく様子は、まるで目の前でひとつの物語がひらいていくようでとてもおもしろい。 けれど、「好き」を重ねただけでは、どこか惜しいのです。そんな私の中の小さな違和感を、明日生さんは言葉にしなくても察し、数滴の調整でさっと整えてしまいます。すると、すっかりその違和感は消え、複雑でありながらひとつにまとまった香りになりました。 こうして、ベースが完成です。ここからは鎌倉のアトリエで仕上げてもらうことになり、この日の作業はいったん終了。 あとは、完成の知らせを待つばかりです。   鎌倉を訪ねる 仕上がったと連絡をいただいたのは、それから数日後のことでした。 郵送で受け取ることもできましたが、明日生さんがどんな環境でアロマと向き合っているのかを自分の目で見てみたくなり、鎌倉へ向かうことにしました。 待ち合わせは、明日生さんのお気に入りのお散歩コースでもある、自然に包まれた場所。この日はよく晴れていて、まさに絶好のお散歩日和です。鎌倉駅周辺は観光客で賑わっていましたが、待ち合わせ場所へ向かう小道へ入ると景色がふっと変わります。ひと気のないその一角には、ひんやりと澄んだ空気が満ちていて、鳥たちがさえずりながら迎えてくれました。風が通ると、落ち葉がさらさらと降ってきます。見上げると、その量に思わず息をのみました。きっと、紅葉の時期ならではの光景なのでしょう。まるで“葉っぱの雨”のように降りそそぐその瞬間は、なんとも幻想的。そして、木漏れ日が差し込むたびに、景色はそっと表情を変えていきます。 その移ろいがあまりにも美しくて、気づけば夢中でシャッターを切っていました。  ...

続きを読む
気心知れた友と囲む、冬のごちそう

気心知れた友と囲む、冬のごちそう

 旧友と会う約束をした日のこと ある日の午後、電話が鳴りました。画面に映った名前を見た瞬間、胸が高鳴ります。学生時代の友人からでした。出張で東京に来るとのことで、久しぶりに会う約束をすることに。 彼女と会うのは、いったい何年ぶりでしょう。せっかくなら、わが家でゆっくり話したい。そう思い、家に招いておもてなしをすることにしました。気づけば、もうすぐクリスマス。ちょうどいい機会なので、テーブルもほんの少し季節感を出して、ちょっと早いクリスマスパーティーにしようと思います。 そうと決まったら、まずはテーブルコーディネートを考えるところから。つい最近新調した白いリネンのテーブルクロスを広げると、部屋の空気がふわっと明るくなりました。棚からうつわを取り出し、テーブルの上で並べてみると、fogやmaraisのうつわたちもいつもとは違う表情に見えて新鮮です。 「この組み合わせはどうだろう」「いや、こっちのほうが合うかも」あれこれ相手の顔を思い浮かべながら考えている時間は、心がぽかぽかとして幸せな気持ちになれますね。あとは、何を作ろうか。そこがいちばん悩ましいところです。   フライパンで作る魚介のパエリア メインは魚介にしようと決めていました。彼女は昔から、お肉よりも断然シーフード派。お魚はもちろん、エビや貝類が好きだったことをよく覚えています。 そこで、ずっと試してみたかったパエリアに挑戦することにしました。きっとたくさん食べるだろうと、思い切ってお米は2合。普段から愛用しているやまごの鉄フライパンで早速調理に取り掛かります。専用の蓋は持っていなかったのですが、KING無水鍋20cmの蓋がまさかのシンデレラフィットで、その収まりの良さについひとりで笑ってしまいました。火を入れていくと、魚介の香りがゆっくりと部屋に広がっていきます。 2人で2合はさすがに多かったものの、22cmの鉄フライパンでも問題なくきれいに炊き上がりました。次は1.5合くらいがちょうどよさそうです。   冬を感じるスズキのカルパッチョ もう一皿は、お魚で軽やかにまとめたい。そうなると、やはりカルパッチョでしょうか。 そのとき、ふと鎌倉で見かけた金柑の木の記憶がよみがえりました。冬の光を受けてつややかに輝いている実を眺めながら、「金柑のスライスをのせたカルパッチョを作ってみたい」と思いつつも、まだ試せずにいたのでした。 八百屋さんをのぞいてみると、ちょうど金柑が並びはじめたところで、まだ小ぶりながら張りのある実が並んでいます。迷わず手に取って、家に連れて帰りました。家で切ってみると、やはり出始めだからかワタは少し多め。ですが、ひと切れ味見すると苦みはほとんどなく、甘みと香りがふわっと立ちます。ワタのやわらかな食感もよく、カルパッチョの良いアクセントになってくれそうで、嬉しくなりました。 合わせる魚は旬のスズキ。身がきゅっと締まり、透き通るような白さが冬らしくて美しいです。 薄くスライスした金柑を重ね、オリーブオイルをたっぷりまわしかけ、粗挽きソルトをひとふり。仕上げに紫スプラウトを添えると、「冬を感じるカルパッチョ」の完成です。 盛りつけには、fogのホワイトプレートを選びました。淡い白のうつわの上で、金柑のオレンジとスズキの透明感がより一層引き立ち、冬のテーブルに馴染む一皿になりました。   絶対に外せないマッシュルームとパクチーのサラダ  これは、私がずっと好きで作り続けているマッシュルームとパクチーのサラダ。 スライスしたマッシュルームに、ざくざくと刻んだパクチーを合わせるだけのとてもシンプルな一品ですが、パクチー好きの私には最高の組み合わせで、ひたすら食べ続けられるほど。ドレッシングは、バルサミコ・醤油・オリーブオイル・にんにく・塩を混ぜたものを用意しました。仕上げに削ったチーズをかければ完成です。   少し多めに作ったドレッシングで、冷蔵庫に残っていた食べごろのアボカドも和えてみました。とろりと絡んだアボカドは、同じドレッシングとは思えない仕上がりに。   紫キャベツのマリネ 箸休めには、紫キャベツのマリネを選びました。先日のランチで、ワンプレートの端にそっと添えられていたもので、その鮮やかな紫色と、あと口のさっぱりした味わいが心に残っていて、いつか家でも作ってみたいと思っていたのです。 味の記憶を頼りに、ホワイトビネガーに塩・こしょうを合わせてマリネ。少し時間を置いてなじませると、紫キャベツの色がいっそう明るく変わっていきました。ひと口味見してみると、思わず「これだ」と声が漏れます。   オレンジやグリーン、イエローが集まるテーブルに、紫が加わると、ぐっと大人っぽい冬の食卓に近づきました。...

続きを読む
ひらく光と抱く光

ひらく光と抱く光

ここ最近、部屋の明かりが少し物足りなく感じることがありました。 日が暮れて灯りをつけても、どこか“明るいだけ”な気がして、夜の静けさの中に、もう少しだけやわらかい温度がほしくなったのです。 そんなときに出会ったのが、3RD CERAMICSさんのペンダントランプ「time」。ラッパの灯りが日々の動きを照らし、しずくの灯りがその余韻を包み込む。ふたつの「time」は、それぞれの光で暮らしの中に静かなリズムをつくり出しています。

続きを読む
宮島のしゃもじを訪ねて

宮島のしゃもじを訪ねて

木のしゃもじとの出会い 先日友人の家で見た木のしゃもじが、ずっと心に残っていました。使い込まれた木肌はほんのりと艶を帯び、手に取ると驚くほどすっと馴染む。軽くて扱いやすいプラスチックのものも増えてきたけれど、やっぱり私は木のぬくもりに触れていたいと思うのです。 どこのものか尋ねると、「宮島工芸製作所のしゃもじ」だと教えてくれました。広島出身の彼女は 「杓文字といえば広島でしょ」と得意げに話します。 広島では、しゃもじが昔から縁起物として親しまれています。「福をすくう」といわれる宮島杓子をつくり続ける宮島工芸製作所は、地元では誰もがよく知る工房で、丁寧な手仕事で長く使える道具をつくり続けています。 彼女のおばあちゃんもお母さんも、ずっと宮島工芸製作所のしゃもじを使ってきたのだとか。だから彼女にとって、この工房のしゃもじを選ぶのはごく自然なことなのです。そんな話を聞くと、使い心地のよさもきっと確かなものなのだろうと思いました。   宮島工芸製作所 ちょうど広島を訪れる予定があったので、「宮島工芸製作所」の工房を訪ねてみることにしました。島に渡る船が着くと、穏やかな海と心地よい潮風が迎えてくれます。 世界遺産・厳島神社の鳥居を望むその地に、工房はひっそりと佇んでいました。入り口には大きなしゃもじが飾られ、その姿からも長い歴史の深さを感じます。扉を開けると、木のやさしい香りがふわりと漂い、古い機械の音とともに、職人の手仕事が生み出すリズムが奥の作業場で途切れることなく続いていました。   工房に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、壁一面に並んだしゃもじやヘラたち。形も大きさも用途もさまざまで、ひとつとして同じものがありません。「闘志」「必勝」と記されたものや、記念品としてつくられたものも並び、この工房が歩んできた年月と、人々がそこに込めてきた思いが伝わってきました。 しゃもじは「メシを取る」ことから「召し取る」に通じ、戦の場では勝利祈願の道具としても扱われたといいます。その背景を知ると、壁に掛けられた一つひとつが、願いや祈りをすくってきた証のようにも見えてきました。   棚には数えきれないほどの木型が整然と並んでいます。「すしベラ」「お玉」「バターナイフ」。手書きされた文字は、油性ペンのインクが少しかすれていて、そこにもまた歴史を感じます。用途に合わせて工夫を重ねてきた職人たちの思考と経験が、ひとつひとつの型に息づいているのが伝わってきました。   使っている木は、広島県北部の山々に自生するヤマザクラ。 宮島の近くで育つ木だからこそ、良質な素材を安定して手に入れられるのだといいます。堅くて弾力があり、長く使っても歪みにくいのがこの木のよさで、使い込むほどに赤みと深みが増していきます。その変化はまるで、自分だけの道具へと育っていくようで、ますます魅力的に感じられました。   一本の木から生まれるかたち 静かな空間には、木地を切る音や削る音が心地よく響き、淡い木の粉がふわりと舞っています。 工房の片隅では、職人さんが一枚の板を机に置き、鉛筆でしゃもじやヘラを型取りはじめていました。木目を読みながら、どの部分が持ち手になり、どの部分がすくう面になるのか、迷いのない動きで描いていく姿は、まるで木と対話しているよう。一枚の板にパズルのようにびっしりと型が描かれていく様子は、“木を余すことなく使いきる”という、この工房の流儀そのものだと感じました。   描いた線に沿って板を切り進めると、木の中からしゃもじやヘラのかたちが現れてきます。切り抜かれた木地は、まだ角ばったまま。   そこから職人さんが型を当てて厚みを調整し、丸みを削り出していくと、だんだん私たちの見慣れた道具の姿へと近づいてきました。木地と向き合うその背中には、積み重ねてきた年月と、ものづくりへの情熱がにじんでいます。 削りの工程が終わると、木地は研磨の職人さんのもとへ渡ります。ここからは、道具としての表情を整えるために、ひたすら木地と向き合う時間のはじまりです。   研磨前の木地に触れると、木そのものの息づかいがまだ残っているような、少し荒々しい手触りがあります。まず、粗い番手の紙やすりで形を整え、次第に細かな番手へと移りながら、ざらりとした面を丁寧に落としていく。「ここまでやるのか」と思うほど、何度も、何度も。そうしてようやく、手のひらにすっと吸い付く、あのなめらかさが生まれてくるのです。  ...

続きを読む
土鍋でつくる、秋のごはん

土鍋でつくる、秋のごはん

お鍋が美味しい季節になりました。今日はお休みなので、夜はあたたかい鍋を囲もうと決めていました。頭の中に浮かんでいたのは、大根の鬼おろしをたっぷり入れたみぞれ鍋。体の芯までほっと温まるような、あのやさしい味が恋しくなったのです。 食材を買いに出かけると、季節の終わりとは思えないほど立派な栗に出会い、せっかくなので、お昼は栗ご飯を土鍋で炊くことにしました。 一日中、土鍋と過ごす。そんな日も、いいものです。

続きを読む
からだを想う、私の新しい温活。

からだを想う、私の新しい温活。

この数日で、ぐっと寒さが増してきました。つい先週までは日中に汗ばむこともあったのに、今はもう冬の気配。曇り空にひんやりとした風が混じる午後、友人とお茶をしていたときのこと。「冷えは大敵だから、私は一年中腹巻をしているの」と話す彼女の言葉がきっかけで、私も“身につける温活”をはじめることにしました。

続きを読む
あたたかい飲みものが恋しくなる季節に。

あたたかい飲みものが恋しくなる季節に。

ようやく秋らしい空気になりましたね。昼間の陽ざしはやわらかく、朝晩は少しひんやり。そんな“温度のゆらぎ”が心地よくて、歩いているだけで気分が晴れます。この季節になると、あたたかい飲みものが恋しくなります。コーヒーやカモミールティーを淹れて、湯気を眺めながらぼんやり過ごす時間。そんなひとときに欠かせないのが、オキニイリのマグカップです。

続きを読む
一目惚れからはじまる、私の一碗

一目惚れからはじまる、私の一碗

はじめて手にした「かいらぎ」のうつわに、心を奪われたあの日。釉薬のちぢれが生む景色は、光や角度によってゆらぎ、ひとつとして同じ姿はありません。その印象は時を経ても消えることなく、暮らしの中で折にふれてよみがえります。もう一度その景色に会いたくて、兵山窯を訪ね、アメノイエのためにお茶碗とどんぶりを作っていただきました。かいらぎと錆巻き、ふたつの表情が、これからの食卓を静かに彩ってくれることでしょう。

続きを読む