皆さんはどんなお箸を使っていますか?
丸い形や角がある形、木製や金属製、漆を塗った高価なものから樹脂でできたお手頃なものまで。
一口にお箸と言っても、様々な種類のものがあります。
私はシンプルな木のお箸を使って来ましたが、引っ越しを機にうつわを揃えていると、お箸ももっと良いものが欲しくなってきました。
お箸は日本人であれば毎日手にするものです。
使っていて気分が上がるものがあれば、それだけでご飯の時間が愉しくなりそう。
そんな思いを持ちながらとあるレストランにお邪魔したところ、すごく素敵なお箸が使われているではありませんか。
店員さんにお伺いしたら、東京・墨田区の大黒屋というお店のものだそう。これは行ってみるしかありません。
私だけの特別なお箸
地図を見ながら住宅街を歩いていると「江戸木箸・大黒屋」と書かれたお店を発見。
調べたところによると、元々東京都墨田区・葛飾区のエリアでは大正の初期から木箸をつくってきた歴史があるとのこと。
江戸木箸とは、その歴史ある箸づくりからさらにお客様目線で使いやすさを追い求めてきた大黒屋の商標だそうです。
外観からチラリと姿をのぞかせる箸に心を弾ませながら店内に入ると、そこにはずらっと並んだお箸の数々。
200を超えるという種類の多さと、五角や七角・八角など先端まで綺麗に面がとられているこだわりのデザイン。
これが江戸木箸かとしばし圧倒されていると、満面の笑みで迎え入れてくださったのは、大黒屋の創業者竹田勝彦さんと社長でもあり職人でもある丸川徳人さん。
雨野 「こんにちは。こんなにも沢山の種類があるのですね!
今日はお箸を新調したいと思い、お伺いさせていただきました」
丸川さん 「ありがとうございます。どんなお箸をお探しですか?」
雨野 「うつわをお気に入りのもので揃えていくうちに、お箸にもこだわりたいなと思いまして。
シンプルながらありきたりとも違う、ご飯の時間が愉しくなりそうなお箸はないものでしょうか」
丸川さん 「そうなのですね。それであれば、とっておきのものがございます。
元々とある有名なレストランのためにつくった、まさに食事を愉しむことを第一に考えた特別なお箸です」
雨野 「嬉しいです!ありがとうございます」
一体どんなお箸が出てくるのでしょう。胸の高鳴りがおさえられません。
奥から出してくださったお箸は、スラっとした美しい佇まいに木の柔らかな雰囲気。
見た瞬間心躍る感情が溢れてきました。まさしく、私の探し求めていたお箸そのものです。
丸川さん 「料理を口に運んだ後の抜け感を良くしたくて、できるところまで細くしました。
要するに料理の邪魔をしたくなかったのですよね」
黒色のお箸には縞黒檀、白色のお箸には白タガヤという材がそれぞれ使われているそう。
どちらも固くて程よい重さがあるので、この細さを実現できるのだとか。
天部が削りとられているからか繊細で柔らかな見た目ですが、実際に手に持つと丸に近いきれいな八角に揃えられていて握りやすく、とてもしっかりしているので長く愛用できそうです。
丸川さん 「それから他のお箸とこのお箸の違うところは、漆を使わず無塗装で仕上げているところですね。
滑りにくいですし手触りが違います」
確かに、漆特有のつるっとした感覚とは違い、滑らかな木肌は指にぴたっとおさまり握り心地も抜群です。
食のプロたちが惚れるお箸づくり
私が初めて大黒屋さんのお箸を手にしたのもレストラン。
今私がすっかり魅了されたこのお箸もレストランのためにつくられたもの。
たくさんのプロの方々が好んでお店に入れている大黒屋さんのお箸づくりをなんと実際に見せていただけることに。
「お箸づくりは最後の形から逆算してつくるんです。この形にするにはどうしたらいいかを考えてつくっています」
おしなものとして完成するまでの作業は全部でなんと11工程もあるのだそう。
回転するやすりの上でまず四角い箸の四つ角を落として八面にし、その後徐々に形を整えていく丸川さん。
「荒いやすりはたくさん削れるのですけど、どこまで削ったら次が楽に削れるかを考えています。
最初に綺麗に仕上げちゃうとどんどん細くなっちゃうので」
粗いやすりに押し付けて角を落とし、八面にしていく様子。
四本の指で強く押し付けているので、指先も一緒に削れてしまうのだそう。
続いてやすりの粗さを変え、スライドさせながら一面ずつ整えていく様子。
三本の指の絶妙な力加減で、削り過ぎないよう丁寧に作業を進めている丸川さん。
目の前の木が美しいお箸となった姿が見えているのでしょうか。
最後に食い先と天を削り、やすりを使う工程は終わりです。
ジジジと音を立てるやすりの上で、どんどんと形が整っていくお箸。
これぞ職人技、思わず見入ってしまいました。
最後の仕上げとして、筒の中に削り終えた箸を入れて機械でがらがら回して表面の傷を取ります。
がらがらと音がするので「がらがけ」と言うのだそう。
「里芋の皮むき器って知っていますか?昔はよく見かけたのですが、里芋を入れた木の筒を用水路の水の勢いで回すだけです。そうすると不思議なことに里芋の皮がこすれて綺麗に剝けるんです。田舎の知恵ですね。原理はそれと全く一緒なんですよ」
と丸川さん。
一本のお箸をつくるのに、こんなにも沢山の工程があったとは驚きました。
江戸木箸は何百年も前からあったものではなく、竹田さんと丸川さんをはじめとする職人の皆さんが20年30年と少しずつつくり上げてきたものだといいます。
その繊細な手仕事や箸に込められた熱い想いをお聞きし、心から感銘を受けました。
お二人が持つ職人魂や、箸づくりに対する情熱を感じることができたことは、私にとって大変貴重な経験でした。
「何よりもお客様に喜んでもらえることが一番ですね。
やっぱり大黒屋の江戸木箸じゃないとだめだなぁって言われる為には、どんなに忙しくなっても手を落とさないことですね。
積み重ねは自分たちの宝ですし、一個手を抜くことは今までの自分たちの歴史の努力を一個抜くようなものなんです」
今日は外が暑かったので手早くそうめんに。
早速使い心地を試してみると、程よく重さがあってしっかりと手に持った感触があり、食い先が細いのでつるっとした麺も難なく摘まむことができました。
お箸の重厚感と繊細さでちょっと贅沢な食事をしているような気分。
大黒屋さんの歴史と情熱が詰まった一膳の特別なお箸。
先が欠けてきてしまったら修理もしてくれるのだそう。
お手入れしながら、長く大切に使っていきたいです。
竹田さん、丸川さん、貴重なお時間をいただき本当にありがとうございました。