はじまりはひとつの光景から
福井県・鯖江の山あいに工房を構える土直漆器さん。
ショールームには、お椀やお重をはじめ、数えきれないほどの漆器が所狭しと並んでいます。

ひとつとして同じ柄のない蒔絵のお椀がが連なり、漆の艶がほのかにきらめくその眺めは、今も鮮明に心に残っています。ただ美しいだけではなく、積み重ねられてきた歳月までも映し出すような深さがありました。
その圧巻の光景に触れたとき、土直さんの工芸の力に改めて心を打たれ、「この豊かさをたくさんの人に伝えたい」と強く思ったのです。
そうして、土直さんとともに漆器をつくらせていただくこととなりました。
”変わらない形”がもつ強さと美しさ
お椀には、布袋(ほてい)や羽反(はそり)など、昔から受け継がれてきた伝統の形があります。何百年ものあいだ姿を変えずに残ってきたその形には、先人たちが積み重ねてきた知恵が息づいているのだと思います。

そのなかで、特に惹かれたのが「羽反椀」でした。
ふっくらとした丸みに、外側へわずかに広がる口元。
持ったときの軽さ、手に沿うやわらかな曲線、そして口に運んだときの飲みやすさまでも想像できる佇まいです。

ふと視線を上げると、そのすぐそばに重箱が並んでいました。
羽反椀のやわらかな曲線とは対照的に、まっすぐな線と面が端正な印象を醸し出し、無駄をそぎ落とすことで漆そのものの美しさを際立たせています。
こうした“普遍の美しさ”には、世代を問わず心を動かす力があると感じます。
だからこそ、この伝統の形で、永く暮らしに寄り添えるうつわをつくりたいと思いました。
アメノイエの4つの漆器
今回、土直漆器さんに特別に制作いただいたのは4種類。
汁椀、雑煮椀、蓋付き椀、重箱。
お椀は、昔から親しまれてきた羽反りを、重箱は、漆の美しさが引き立つシンプルな形を選んでいます。
塗りの表情には特にこだわり、新年の食卓にも日々の暮らしにもなじむよう、土直さんに何度も相談しながら仕立ててもらいました。
汁椀
毎朝の味噌汁に使いたい、汁椀。
漆の軽やかな手触りと熱のやさしい伝わり方は、慌ただしい日の朝でも気持ちがやわらぐようです。
日常の一杯こそ、いちばん丁寧に味わいたい。そんな思いにそっと寄り添ってくれるお椀です。
雑煮椀
お正月の雑煮を盛る姿がやっぱりよく似合います。
汁椀よりもひと回り大きく、具材をたっぷり受け止めながらも上品な印象のまま。
名前のとおりお雑煮に使うためのお椀ですが、決してそれだけが役目ではありません。
豚汁やけんちん汁のような具だくさんの汁ものにもちょうどよく、日々の食卓で自然と手が伸びる一客になりそうです。
蓋付椀
雑煮椀と同じ形・同じサイズに、蓋を添えた一客です。
熱がゆっくり保たれるので、丼ものや麺類など、湯気までおいしい料理にもぴったり。
蓋が加わることで佇まいに品が生まれ、おもてなしの席にもよく似合います。
年末には、蓋付椀で年越しそばもよさそうです。
重箱
15cm角のやや小ぶりなサイズで、二人分ほどを詰めるのにちょうどいい重箱です。
重箱というと“おせち専用”のように思われがちですが、実はもっと自由でいいのだと思います。
仕切りがないので入れるものを限定せず、その日の料理や場面に合わせて気軽に使えます。 おせちはもちろん、日常のおもてなしやピクニックのお弁当、和菓子入れなど、一つあると重宝します。
塗りの質感が決める“日常の特別感”
漆の世界には、木地が見えなくなるほど幾度も塗り重ねる方法もあれば、木肌の表情をほんのり残し、素材の呼吸までも感じられる塗り方もあります。
今回は、外側は木肌がわずかに透ける上品な表情を求めて、土直さんに何度も試作をお願いしました。
漆の凛とした深みを宿しながら、木地のあたたかさも消えないように。
その絶妙なバランスを探る時間は、まるで職人さんとひとつの物語を紡いでいくようでした。
一方で内側は、盛りつけた料理がきれいに映えるよう、木地が透けない程度にやや厚めに塗り重ねています。
同じ色でも、内側と外側で仕上げを少し変えることで、ひとつのうつわの中に異なる表情が生まれ、奥行きが感じられる仕上がりになりました。

お椀の色は、
深い陰影を持つ「黒漆」と、
どこか懐かしく、食卓にぬくもりを添える「古代朱」。
この2色に決めました。
重箱は、漆の深みがもっとも映える「黒漆」で仕立てています。
“これからの暮らしに寄り添う漆器”として
クラシックな漆器は、どこか特別な日のもの。
そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。
けれど、土直漆器さんのお椀には、毎日の食卓にすっと溶け込むやわらかさがあり、同時に、少しだけ背筋を伸ばしたくなる“日常の特別感”もあります。
手にした瞬間、思わず深呼吸したくなるような品のよさ。
それは漆という素材の魅力だけでなく、長い時間をかけ丁寧に受け継がれてきた工芸そのものの力だと感じます。
漆器は、使うほどに艶が育ち、すこしずつ表情を深めていくうつわです。
暮らしとともにゆっくりと変化していくその過程も楽しんでいただけたら嬉しいです。

