灯りがつくるもうひとつの時間
灯りとともに一日をほどく 夕暮れが近づくと、部屋の灯りをひとつ、またひとつとともします。ペンダントランプやデスクのそばの小さなスタンドライト。ひとつ、またひとつと明かりが灯るたびに、昼間とは違う時間が静かに流れはじめます。仕事や家事に追われていると、一日はあっという間ですが、灯りをともす時間だけは、少し立ち止まって深呼吸できる気がするのです。もともと照明が好きで、気に入ったものに出会うたび、少しずつ迎えてきました。ガラス、石、陶器。素材が変われば、光の広がり方も変わります。光を遠くまで届けるもの。やわらかく包み込むもの。陰影を美しく映し出すもの。同じ「灯り」でも、その役割はさまざまです。だからこそ、わが家では部屋ごとに照明の素材や形を変えています。ゆっくりと寛ぐリビングには、空間全体へやわらかく広がるガラスの光を。本を読んだり、少し考えごとをしたりする場所には、石の静かな存在感を。そして眠りにつく寝室には、光をやさしく透かす白磁の灯りを。灯りを選ぶことは、そこで過ごす時間を選ぶことなのかもしれません。慌ただしい日々のなかで、気持ちを静かに整えてくれる。今回は、そんなお気に入りの照明のお話です。 普遍の美しさをまとう。Holophaneのペンダントランプ リビングには、ガラスのペンダントランプを吊るしています。100年以上の歴史をもつ、フランス・ホロフェーン社のものです。気分によって吊るす場所を変えているのですが、ここ最近はソファのそばに落ち着いています。クリアなガラスのシェードは視界を遮らず、昼間はそこにあることを忘れてしまうほど軽やか。厚みのあるガラスには細かな筋が刻まれていて、すっきりとした佇まいのなかに、どこか凛とした気配があります。ガラスの照明が好きなのは、光を受けて表情を変えるところ。灯りをともしていない昼間は静かに空間へ溶け込み、日が暮れるとその存在感がゆっくりと立ち上がってきます。 プリズムガラスを通った光は、無数の溝で細かく屈折しながら、やわらかく空間へとほどけていく。ひとつの灯りでありながら、部屋全体へ光が自然に広がり、ソファや壁、家具の輪郭まで穏やかに照らしてくれます。もともとは19世紀の終わり頃、工場や駅舎などの広い空間に効率よく光を届けるためにつくられた照明なのだそう。光を均一に広げるために生まれたプリズムガラスの技術は、当時としてはとても画期的なものだったといいます。ホロフェーンの照明が今もなお多くの人を惹きつけるのは、装飾のためではなく、光を届けるという目的から生まれた形だからかもしれません。必要から生まれたものには、時代を超えて残る美しさがある。実用のためにつくられた道具が、こうしてわが家のリビングで静かな美しさを見せてくれる。その背景を知るたびに、この照明がよりいっそう愛おしく感じられるのです。 ひんやりした石と、温かい光。トラバーチンのスタンドランプ デスクの横に置いているのは、小さなトラバーチンのスタンドライト。1960年代にフランスで作られたものだそうです。ベースに使われているのは「トラバーチン」という天然の石。触るとひんやりとした質感なのに、やわらかなベージュ色をまとった姿にはどこか温かみがあります。トラバーチンは古代ローマの建築にも使われてきた石材で、長い時間をかけて生まれた独特の孔や模様が特徴です。表面にあるぽつぽつとした小さな穴や縞模様も自然が生み出したもので、その不規則な表情に惹かれます。灯りを点けていない昼間も、スツールの上にある姿をつい眺めてしまうほど。石そのものが持つ静かな存在感があり、オブジェのように空間に佇んでいます。ガラスのように光を透かしたり、白磁のようにやわらかく光を包み込んだりはしませんが、石には石ならではの魅力があります。光を受けることで、その質感や陰影がゆっくりと浮かび上がり、昼間とはまったく違う表情を見せてくれるのです。わが家にあるヴィンテージの家具や道具は、「Wormhole Furniture」の牛丸さんのところで迎えることが多く、この灯りもそのひとつ。古いものでも丁寧に手入れがされているので、身構えることなく暮らしへ迎え入れることができます。この灯りはデスクのそばに置いて、本を読んだり、家で少し仕事をしたりするときに使っています。 白磁を透かす光。3RD CERAMICSのペンダントランプ「time」 こちらは、3RD CERAMICSさんのペンダントランプ「time」。形が違うだけで光の放ち方がまったく違い、ひとつに絞りきれず、思わずふたつ一緒に迎えました。さらりとした白磁の質感が美しく、空間にすっと馴染む佇まい。灯りをともしていない昼間も静かな存在感があり、まるで小さなオブジェのようです。灯りをともすと、白磁のシェードを光がすっと通り抜け、全体に橙色の光がじんわりとにじみます。ガラスのように光を遠くまで届けるのではなく、石のように陰影を際立たせるのでもない。白磁の灯りは、光そのものをやわらかく包み込みながら、空間へと静かに広げてくれるように感じます。透光性の高い磁土が使われているそうで、よく見るとロクロの指あとがふわりと浮かび上がってきます。昼間には見えなかった手仕事の痕跡が、灯りによって現れる。その光景を見るたびに、白磁という素材の奥深さに心を動かされます。そのひと筋ひと筋には、土と向き合ってきた時間が静かに刻まれているかのよう。均一な工業製品にはない、人の手のぬくもりを帯びているところもまた、この照明の好きなところです。 食卓の上に吊るしているのは、「ラッパ」。名前のとおり、下に向かってゆるやかにひらく形が特徴です。光を下方向へと素直に導いてくれるので、ダイニングテーブルとの相性もよく、食事の時間をやさしく照らしてくれます。うつわのざらりとした質感や、グラスについた小さな水滴まで美しく映し出される様子を見ると、光にも料理や道具の魅力を引き出す力があるのだと改めて感じます。ごく薄く透明釉が施されているため、白磁ならではのやわらかな表情はそのままに、汚れがついてもさっと拭き取ることができます。美しさだけでなく実用性も備えているところは、日々使う道具としてとても頼もしい存在です。毎日の食卓で気兼ねなく使うことができる。そんなところもまた、この照明を好きな理由のひとつです。 「しずく」は、寝室に。一滴の水がこぼれ落ちる瞬間をとらえたようなフォルムで、灯していない昼間もまるでオブジェのような佇まいです。光をそっと内側に抱え込むようなこの形は、眠りにつく前の寝室にちょうどいい。灯りをともすと、白磁を透過した光が内側に溜まり、ロクロの線がいっそうくっきりと浮かび上がります。その陰影をただ眺めているだけで、不思議と時間がゆるやかにほどけていくのです。本を閉じて、灯りだけをぼんやり眺める夜もあります。今日はいろいろあったけれど、まあ、いいか。そんなふうに肩の力が抜けて、心までもまあるく整っていくのを感じます。 日々のなかに、余白を灯す 部屋にひとつ、またひとつと灯りをともしていく。 それは、時計の針とは少し違う、もうひとつの時間を家の中に流すような感覚があります。 部屋全体を明るくするのではなく、必要な場所にだけ小さな灯りをともす。そんな、間接照明だけで過ごす穏やかな夜が好きです。 ガラス、石、白磁。 素材が変われば、光の広がり方も、その場に流れる空気も少しずつ変わります。 ゆっくりと寛ぎたいとき。本を読みながら静かに過ごしたいとき。一日の終わりに気持ちをほどきたいとき。 それぞれの灯りが、その時間に寄り添うように暮らしのなかで役割を果たしてくれています。 やわらかな灯りのなかで過ごしていると、慌ただしかった気持ちも少しずつ落ち着いていくように感じます。 今日もまた、ひとつ灯りをともす。 そんな何気ない時間が、日々の暮らしのなかに小さな余白を生み、慌ただしく過ぎていく一日をゆるやかにほどいてくれるのです。


The daily ritual of "washing hands" is essential.
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