うつわと刻む、あらたな時間
とても大切にしているうつわでも、ふとした拍子に割れてしまうことがあります。
私も以前、お気に入りのうつわをうっかり落として割ってしまったのですが、それでもどうしても手放す気になれず、「いつか金継ぎして直そう」とそのまま戸棚にしまい込んで、ずいぶんと時間が経っていました。
金継ぎにはずっと興味があったものの、漆の扱い方や道具を揃えるハードルが高く、なかなか一歩を踏み出せずにいたのです。そんなときに出会ったのが、福井県にある辻田漆店の金継ぎセット「辻田の金継ぎ」でした。
聞けば、辻田さんご自身がかつて市販のキットでうまくできなかった経験をもとに、監修を務める金継ぎ職人の八木茂樹さんとともに「動画がそのまま仕様書になるように」と作られたものだそうです。自分で用意するのは小麦粉やサラダ油など家にあるものでできるという手軽さにも惹かれ、「これなら私にもできるかもしれない」と、眠っていたうつわを直してみることにしました。
職人の気配りが詰まった道具たち
箱を開けると、金継ぎに必要な道具がすっきりと収まっていました。
辻田さんにお話を伺うなかで、このセットには、初めて金継ぎをする人でも作業しやすいよう、いくつもの工夫があると教えていただきました。
たとえば、作業台には手入れのしやすいガラス板を使っていること。そして、初心者が失敗しやすい「厚塗り」を防ぐために、塗った厚みを確認しやすい白漆を使っていることも、そのひとつです。
早速、道具を机に並べ、まずは作業の流れをイメージするために動画を開いてみます。
冒頭で金継ぎの魅力をやさしく語る八木さんの言葉に触れ、一気にその温かな世界観へ引き込まれていきました。
DAY 1|まずは、割れたうつわをつなぐ
今回金継ぎするのは、割れてしまったうつわたち。そして、縁が欠けてしまったマグカップやボウルも試してみることにしました。
まずは、付属のダイヤモンドペーパーで面取りしていきます。断面を合わせたときに、1ミリほどの溝ができるように少しずつ削っていきました。この溝にあとから漆が入り込むことで、しっかりとうつわをつないでくれるのだそうです。
次は、割れたうつわをつなぐための「麦漆」づくりです。
ガラス板の上で小麦粉と水を練り、少しずつ生漆を加えながらヘラでさらに練り合わせていきます。動画と見比べながら、「これくらいの粘り気で合っているかな」と慎重に硬さを確認し、持ち上げても切れない状態に仕上げていきました。
できあがった麦漆を断面に塗り、いよいよ破片を合わせます。これが思っていた以上に難しく、少しずつ位置をずらしながら、段差や凹凸ができないように調整していきます。
苦戦しながらも、久々にあのうつわたちが元の形を取り戻した瞬間は、なんとも言えない嬉しい気持ちになりました。
ずれないようテープで固定したら、「漆風呂」と呼ばれる湿度を保った箱へ。ここで1週間かけて、麦漆をゆっくり乾かします。
DAY 2|麦漆を削り、錆漆で埋める
1週間後。麦漆はしっかり固まり、割れていた部分も無事につながっていました。
接着時にはみ出した麦漆はカッターで削り落としていきます。 うつわの表面を傷つけないよう、刃を寝かせて慎重に。
表面が整ったら、今度は欠けや継ぎ目の段差を「錆漆(さびうるし)」で埋めていきます。
キットに入っている錆漆用の粉には、一般的な「砥の粉(とのこ)」だけでなく「地の粉(じのこ)」が配合されています。動画によると、地の粉が入ることで漆をよく吸って強度が上がり、乾燥も早くなるそうです。時間のかかる金継ぎだからこそ、こうした工夫がされているのはありがたいなと思いました。
ガラス板に粉を出して水を加え、ヘラで潰すように練っていきます。「歯磨き粉より少し硬めくらい」という動画のアドバイスを目安に、水を少しずつ加えていきました。
最後に生漆を混ぜ合わせると、なめらかなペースト状の錆漆のできあがりです。
出来上がった錆漆を欠けや割れ目にしっかり入り込むように塗り込み、室内で2時間ほど置いて水分を飛ばしてから漆風呂に入れ、2日ほど乾燥させます。
DAY 3|水研ぎと、2回目の錆漆
しっかりと錆漆が乾いたのを確認したら、耐水ペーパーを水で濡らして、表面をなめらかに研いでいきます。少しずつ手を動かしていると、ざらついていたところがなめらかになり、うつわの表面が整っていくのがわかります。
研ぎ終わってよく見てみると、まだわずかなくぼみや段差が残っていました。そこを整えるために、もう一度錆漆を塗っていきます。
ここまでやってみて感じたのは、最初にできた小さなズレや凹凸が、その後の仕上がりに影響してくるということ。麦漆で破片をつないだときに少しでも段差ができていると、錆漆でなめらかに整えるのが難しくなりますし、錆漆でしっかり溝を埋めておかないと、最後に蒔く金や錫もきれいに仕上がりません。
作業を進めるにつれ、前にやったことが次の仕上がりにつながっていることに気づき、金継ぎの奥深さが少しずつわかってきました。
錆漆を塗り終えたら、また漆風呂へ。さらに2日ほど乾かします。
DAY 4|1回目の白漆
表面がなめらかになったら、次は白漆を塗っていきます。錆漆のラインに沿わせるように、付属の筆で薄く塗っていきました。
白漆は伸びがよく、とても塗りやすい。筆も細いラインをなぞりやすく、思っていたより扱いやすく感じました。塗った厚みが目で見てわかりやすいので、厚くなりすぎていないか確認しながら塗ることができます。
すべて塗り終わったら、まずは1〜2日ほど室内で乾かします。指で触れても漆がつかなくなったのを確認してから漆風呂に入れ、しっかり乾かしました。
DAY 5|2回目の白漆と、金・錫を蒔く
いよいよ最後の工程です。
今回はそれぞれのうつわの雰囲気に合わせて、金と錫(すず)を使い分けてみました。
1回目よりもさらに薄く白漆を塗り、約1時間ほど漆の表面が少し乾くのを待ってから、筆を使ってそれぞれの粉をそっと蒔いていきます。
金を蒔いたうつわは、最後に真綿(まわた)を使って優しく拭き取るように磨きます。
すると、余分な金粉がスッと落ち、ベージュ色の漆の上に一筋の美しい金の線が。時間をかけて自分の手で直したからこその、特別な達成感がじんわりと込み上げてきます。
錫は金とは違い、真綿で拭き取らず、そのまま仕上げます。落ち着いた錫の輝きもまた、うつわの表情にぴったりでした。
不慣れな手作業も、愛おしい景色に
動画のなかで八木さんは、「金継ぎはうつわを直すだけでなく、使っていた当時の風景や思い出を蘇らせる技術」だと語っていました。
実際に自分で手を動かしてみると、その言葉の意味が少し分かった気がします。ひとつひとつの工程に時間をかけ、自分の手で直していくからこそ、これまでそのうつわと過ごしてきた思い出に、改めて目を向けることができました。
思っていたより線が太くなったところもありますが、それも自分の手で直した跡だと思うと、少し不器用な仕上がりすら愛おしく思えてきます。傷がついたことで姿を変えたうつわですが、割れる前にはなかった新たな「景色」を重ねたことで、これまで以上に思い入れのある特別な存在になりました。
金継ぎを終えた姿をじっと眺めながら、「これからも大切に使っていこう」という気持ちが静かに深まります。
次は、このうつわに何を盛ろう。
そんなことを考えながら、戸棚の定位置に戻しました。
これからまた使うたびに、新しい思い出が少しずつ重なっていくのだと思います。

