お昼が待ち遠しくなる曲げわっぱ弁当

お昼が待ち遠しくなる曲げわっぱ弁当

日課から、楽しみへ  

寝ぼけ眼で台所に立ち、卵焼きを焼く。夕飯の残りを少しずつ詰めて、ご飯をよそう。
そんな毎朝のお弁当づくりは、私にとって淡々とこなす日課のひとつでした。 

けれど、この一週間は少し違います。
理由は、新しく台所に迎えた曲げわっぱのお弁当箱。
以前から「いつか使ってみたい」と思っていた、憧れの道具です。

いつもの見慣れたおかずも、杉の白木に詰めるだけで、急によそ行きな顔になる。 詰めていくたびに華やかなわっぱ弁当になっていくその様子が楽しくて、気づけば朝の眠気もどこかへいってしまいます。
SNSや雑誌で見かけるたび、「どうしてこんなにおいしそうなんだろう」と気になっていた秘密は、どうやらこのお弁当箱にあるようです。

お昼休みにこの蓋を開けるのが待ち遠しくて、仕事へ向かう足取りまで少し軽くなったような気がしています。

 

最初は、「無塗装」のつもりで 

普段から木の道具が好きで、木肌の風合いを感じられるものを選んでいます。
使うほどに艶が増し、小さな傷さえもその家だけの景色になっていく。そんな経年変化に惹かれるので、曲げわっぱも、迷わず無塗装のものを選ぼうと思っていました。

今回お願いしたのは、秋田県大館市で曲げわっぱをつくり続けている、りょうび庵です。
昔ながらの技法を大切に受け継ぎながらも、今の暮らしに寄り添うものづくりをされていて、その考え方に自然と惹かれました。
毎日使う道具だからこそ、美しさだけでなく、使いやすさまできちんと考えられていること。その姿勢に共感し、「この方がつくる曲げわっぱを使ってみたい」と思ったのです。

そんな思いで、無塗装のものをお願いしたいとりょうび庵の石倉さんへお伝えしたところ、返ってきたのは少し意外なお返事でした。

「お弁当箱でしたら、私は塗装のものをおすすめしています。」

木の道具をつくる方なら、素材そのものの風合いを何より大切にされているのではないか。そんなイメージを勝手に抱いていたので、思わず理由を伺うと、気づけば30分ほど、お弁当箱についてのお話を聞いていました。

石倉さんがおっしゃっていたのは、無塗装の曲げわっぱは経年変化を楽しめる一方で、シミや黒ずみ、匂い移りが起こりやすく、扱いが難しいと感じて使わなくなってしまう方も少なくないということでした。

「せっかく選んでいただいたお弁当箱が、使われなくなってしまうのは本当にもったいないんです。」

その言葉が、とても印象に残っています。

もちろん無塗装を否定しているわけではなく、その魅力もよく分かっている。それでも、お弁当箱は毎日のように使う道具だからこそ、気兼ねなく洗えて、また翌朝も自然と手が伸びることを大切にしたい。

だから、塗装のものをおすすめしているのだと教えてくださいました。

そのお話を聞いているうちに、私の中で「無塗装のほうが良いもの」という思い込みが、少しずつほどけていくのを感じました。
素材そのものを味わうことも素敵ですが、「長く使い続けてもらうこと」を一番に考えたものづくりもまた、とても誠実なのだと気づかせてもらったのです。

 

一週間のお弁当

石倉さんのお話を聞いて迎えた、曲げわっぱのお弁当箱。
さっそく一週間、毎日お昼ご飯を詰めてみました。

 

月曜日: パズルのように彩りを 

週の始まりは、インゲンの肉巻きがメイン。
ぎゅっと詰まったインゲンの緑色や、茹で玉子やトウモロコシの黄色、ミニトマトの赤。
杉のやさしい木肌が、それぞれの色を引き立ててくれて、いつものおかずもよりおいしそうに見え、ます。
そして、お昼に口に運んでみて驚いたのが、白米の美味しさでした。 
プラスチックの容器だとどうしても水分でべたついてしまいがちですが、わっぱに詰めたご飯は、冷めているのに一粒一粒がちゃんともっちりしている。木が余分な水分をほどよく吸って、調整してくれているのを、口に入れた瞬間に実感しました。
白いご飯がこれだけ美味しいと、それだけで、お昼の時間が少し特別になります。

 

火曜日:タレのおかずも気兼ねなく 

今までは「木にお醤油や油が染みないかな」と心配していた、照り焼きや生姜焼きのようなタレのあるおかずも、塗装されているものなら気兼ねなく詰められます。

食べ終わったあとも、さっと洗えばきれいになる。その気軽さは、毎日使う道具として思っていた以上に頼もしく感じました。 

 

水曜日:どーんと、焼き鮭をメインに 

週の真ん中、少し気合を入れたい日は、大きな焼き鮭をご飯の上にどーんと。
こういう潔いお弁当こそ、曲げわっぱがよく似合います。
杉の直線的な木目が、「のっけ弁」を立派なご馳走に見せてくれます。

 

木曜日:少し余裕のある朝は、おにぎりを丸めて 

いつもより少しだけ心に余裕のあった、木曜日の朝。
お気に入りのしば漬けを刻んでご飯に混ぜ、まあるくおにぎりを丸めました。 隙間には前日の筑前煮や、お浸し、ちくわ、そして少しだけ残っていたオクラを詰めていきます。 

 

金曜日:残りものを大切に

 一週間の最後は、冷蔵庫の整理も兼ねて。
ナスの煮びたしや、ひじき煮、きんぴらなど。 茶色くなりがちなおかずの日も、曲げわっぱに詰めるとどこか「おばんざい屋さんの詰め合わせ」のような趣が出ます。

特別なおかずがなくても、まるで手の込んだお弁当のように見える。
そんな道具の頼もしさが、毎日続くお弁当づくりには何より嬉しく感じました。

 

毎日使う道具だから

一週間使ってみて、石倉さんのお話がとても腑に落ちました。

お弁当箱は、朝詰めて終わりではありません。
お昼に食べ終え、家に帰ってから洗い、また翌朝使う。
その繰り返しが毎日続くからこそ、帰宅して少し疲れて台所に立っても、スポンジでさっと撫でるだけで油汚れもするりと落ちる。その「気兼ねなく使えること」は、思っていた以上に大切なことでした。

素材そのものを味わう無塗装の良さもあるけれど、「長く使い続けてもらうこと」を一番に考えた塗装仕上げもまた、使う人の毎日に寄り添う優しさに溢れています。
りょうび庵のその誠実な思いを知ってから使う曲げわっぱは、ただ美しいだけではなく、私の暮らしをそっと支えてくれる頼もしい道具として、より魅力的に感じられるようになりました。 

毎日のお弁当づくりが、ほんの少し楽しみになる。
さて、明日は何を詰めようかな。
今日も冷蔵庫をのぞきながら、そんなことを考えています。