うつわに描かれた物語をひらく

うつわに描かれた物語をひらく

食器棚の模様替え

関東もいよいよ梅雨入り。
しばらくは雨模様かと思いきや、天気予報を見ると向こう数日は貴重な晴れ間が続くようです。
窓を大きく開けて風を通しながら、このお天気のいいタイミングで食器棚の模様替えをすることにしました。

冬のあいだ、あたたかみを与えてくれていたぽってりとした土もののうつわを奥へ。
代わりに、涼やかな磁器を手前へと並べ替えていきます。

雨の日が続くこの季節は、洗ったうつわがなかなか乾かず、少し気を遣う時期。
その点、白磁のうつわは水切れがよく、布巾でサッと拭けばすぐに乾いてくれます。
このじめじめとした季節、白磁はとても心強い味方なのです。 

一番手の届きやすい特等席に並べたのは、渓山窯のそば猪口。
渓山窯さんのそば猪口は絵柄のバリエーションがものすごく豊富で、その数はなんと100を超えるのだとか。モダンなものから、思わずくすっと笑ってしまうような遊び心のあるものまであるから、つい目移りしてしまいます。
そのなかから、少しずつ集めたわが家のお気に入りたち。 

ずらりと並んだ柄を眺めながら、さて、今日はどれを使おうか。
その日の気分でうつわを選ぶこの時間も、小さな楽しみのひとつです。

 

水面を覗き込むような「網目と赤い魚」 

模様替えで少し動いたせいか、なんだか冷たいものが食べたくなって。
今日のお昼は、さっぱりとしたざる蕎麦の出番です。
これからの季節の昼食は、ざる蕎麦、そうめん、冷やし中華と、冷たい麺がローテーションで登場します。 

選んだそば猪口は、染付の揺らいだ網目に、赤い魚たちが描かれた絵柄。
まるで今にも泳ぎ出しそうな上絵付の魚たちと、ぷかぷかと浮かぶ水草がなんとも愛らしいのです。
網目には「福をすくい取る」という意味があるともいわれ、たくさんの魚が描かれたこの絵柄からは、どこか豊かな実りの景色も感じられます。 

冷たいめんつゆを注ぐと、白磁の余白が水面のように広がり、魚たちがその中を泳いでいるかのよう。涼やかな水辺をそっと覗き込んでいる気分になります。

つるりとした口当たりと、目にも涼しい絵柄は、じめじめとした梅雨の時季にもぴったりです。

 

いつもの甘味が特別になる「七宝柄」

おやつの時間。
冷蔵庫にあったフルーツと寒天を合わせて、簡単なみつまめに。

盛り付けは、円が連なる「七宝(しっぽう)」柄のそば猪口を選びました。
七宝柄には、円が四方にどこまでも繋がっていくことから、「円満」や「豊かなご縁」が続くようにという願いが込められているのだとか。
渓山窯さんはもともと宮内省にうつわを納めていた窯元さんだけあって、こうした古典的な柄の美しさは、やはりすばらしいなと惚れ惚れしてしまいます。

そば猪口というと、そばつゆのうつわという印象がありますが、わが家ではこうしてデザートカップとして使うことも。
規則正しい幾何学模様と白磁の凛とした雰囲気が品を添えてくれ、いつもの甘味も、どこか晴れやかな気持ちで味わいたくなります。

 

湯気の向こうに咲く「椿となずな 」

雨の日は、夕方になると少し肌寒さを感じることも。
そんな日は、せいろで茶碗蒸しを作るのもいいですね。

茶碗蒸しを盛ったのは、椿となずなのそば猪口。
蒸気の上がるせいろの蓋を開けると、木の香りとともに、鮮やかな赤とやさしい青が、湯気の向こうにふんわりと浮かび上がります。

厳しい寒さのなかでも凛と咲く椿は、古くから厄除けや吉祥の象徴として親しまれてきました。一方のなずなは春の七草のひとつ。健やかな暮らしへの願いが込められた、身近な草花です。
そんな絵柄を眺めながらいただく茶碗蒸しは、なんだかいつもより味わい深く感じられます。
まったく異なる雰囲気の絵柄ですが、一緒に食卓に並べても違和感がありません。
気づけばいろいろな柄が増えていましたが、どれを組み合わせても自然とまとまってくれるところも、渓山窯のうつわの魅力だと思っています。

渓山窯では、先代の頃から一般家庭でも使いやすいうつわづくりを大切にされてきたそうです。
華やかさと使いやすさを兼ね備えながら、日々の食卓にそっと寄り添ってくれる。
長く愛され続けている理由も、そんなところにあるような気がしています。

 

見飽きることのない手仕事の美しさ

以前、渓山窯の篠原さんに制作について教えていただいたときのことを思い出します。

職人さんがうつわに向かい、迷いのない筆遣いで絵付けをしていく姿。
筆先から次々と文様が生まれていくのを眺めながら、そのひとつひとつが人の手によって描かれていることに改めて驚かされました。

同じ柄でも、よく見ると線の太さや絵の具の濃淡が少しずつ違います。
プリントのように均一に整ったものにはない、その小さなゆらぎ。
だからこそ見飽きることがなく、眺めるたびに味わいが深まっていくように感じます。 

 

渓山窯のそば猪口には、古くから親しまれてきた文様や絵柄が描かれています。
無邪気に遊ぶ子どもたちを描いた「唐子(からこ)」には、子孫繁栄や健やかな成長への願いを。
くるくると力強く蔓を伸ばす「蛸唐草(たこからくさ)」には、生命力や長寿への祈りを。
そして、「瓢箪(ひょうたん)」には無病息災の意味が託されています。
心がふっと緩むような絵柄の奥には、昔の人が暮らしへ寄せた願いが静かに息づいているのです。

雨が続くこれからの季節も、うつわに描かれた文様や絵柄に目を留めながら過ごす時間は、きっと少し豊かなものになるはず。
このそば猪口たちが、日々の食卓に静かな彩りを添えてくれそうです。